「見えにくい」「見えない」とは、どのような状況なのでしょうか。ウェブアクセシビリティの向上には、障害当事者の視点を理解することが不可欠です。電通デジタルは、この理解を深めるために、視覚障害者の「見え方」を疑似体験するワークショップを開催しました。ロービジョン体験キットや白杖を用いた実践を通じて、参加者は何を感じ、どのような気づきを得たのでしょうか。体験後の座談会から、参加者のリアルな声をお届けします。
ウェブアクセシビリティにとって視覚障害体験がもつ意味
――今回のワークショップの目的は何ですか?
千葉順子(電通デジタル):電通デジタルでは、ウェブアクセシビリティ向上や改善において、特に当事者理解を重視しています。想像だけではどうしても限界があるので知らないことを知り、想像の幅を広げるため、今回は、視覚障害者が直面する困難を体験し、実感することを目的に、PLAYWORKS社と共に視覚障害体験ワークショップを実施しました。
――PLAYWORKS社とワークショップを開催するに至った経緯を教えてください。
植木真(インフォアクシア):一般にウェブアクセシビリティ改善の現場では、ガイドライン遵守が優先されるあまり、本来の「何のために」「誰のために」「どのように有効か」という意識が薄れることがあります。そのため、当事者との直接触れ合いを通じて理解を深めることが重要です。
視覚障害については、全盲の方に注目が集まりがちですが、実際にはロービジョン(弱視)の方が人数は圧倒的に多いのです。しかし、インターネット上でもロービジョンの体験を紹介する情報は少なく、私自身も理解を深める必要があると感じていました。
そんな中、PLAYWORKS社がロービジョン体験キットを開発していることを知り、以前、私が主催するイベントに代表のタキザワケイタさんをゲストとしてお招きしました。その経験が非常に有意義だったので、電通デジタルのプロジェクトメンバーにも体験してもらいたいと思い、ワークショップを提案しました。
視覚を通じて「見えにくさ」を理解する体験プログラム
――PLAYWORKS社について、簡単にご紹介ください。
タキザワケイタ氏(PLAYWORKS):当社は、インクルーシブデザインに特化したコンサルティングファームです。主に大手企業の新規事業や商品開発のプロジェクトに、インクルーシブデザインのアプローチでコンサルティングやアドバイスを行っています。
――今回のワークショップの内容を教えてください。
今回のワークショップでは、「アイマスクによる全盲」「ロービジョン体験キットによる弱視」「白杖歩行とガイド」の3つの体験を実施しました。参加者を4つのグループに分け、それぞれのグループに視覚に障害のあるリードユーザーが1名入り、一緒にワークを行っていきました。
アイマスクによる全盲
アイスブレイク・チームビルディングとして「暗闇おやつ」というワークを実施。全員がアイマスクを着けた状態で、封筒に入ったお菓子を取り出し、メーカーや商品名、味を当てるゲームをチーム対抗で行いました。これは、全盲の方の食事を疑似体験することが目的です。
続いて、アイマスクを着けたままグループ内で自己紹介を行いました。相槌や周囲の反応が見えない中で話すことの不安さなどを体験してもらうのが狙いです。
ロービジョン体験キットによる弱視
視覚障害リードユーザーの方々の自己紹介を聞きながら、ロービジョン体験キット(弱視体験用のメガネ)を装着し、気づいたことを付箋にメモを取るワークを行いました。体験用のメガネには「コントラスト低下」「視野狭窄」「中心暗転」の3種類があり、メガネを交換しながらある程度の時間を過ごすことで、ロービジョン特有のさまざまな見えにくさを体験してもらいました。
白杖歩行とガイド
白杖を使って電通デジタル社内を歩いたり、ロービジョン体験メガネを装着して見えにくい状態で移動したりしました。この体験を通じて、白杖の役割やガイド、声かけの重要性、下り階段の怖さ、自動販売機で欲しいものを選べない不便さを実感してもらいました。
ワークショップ参加の動機と体験からの気づき
――続いて参加者の皆さんに伺います。普段の業務内容と、今回ワークショップに参加した理由を教えてください。
前田志保(電通デジタル):LP制作のディレクションやサポートを担当しており、1月からウェブアクセシビリティプロジェクトにも参加しています。アクセシビリティのチェック業務を行う中で、「見えない」ということへの理解が不十分であると感じることが多く、参加しました。
河島美津雄(電通デジタル):ウェブディレクターやプロジェクトマネージャーとして、オウンドメディア制作、CMS開発などを担当しています。また、ウェブアクセシビリティのガイドラインに基づいた改善提案など、コンサルティングにも携わっています。昨年、「弱視者の困りごとを知る」ワークショップに参加し、さらに理解を深めたいと思ったのが今回の参加のきっかけです。以前から、もっと直接的な形で社会の役に立ちたいと考えており、ウェブアクセシビリティの取り組みがその一つになるかもしれないと感じています。
長谷川みのり(電通デジタル):普段は製薬・ヘルスケア関連の案件、まちづくり関連業務を担当しています。以前、アクセシビリティ対応を含めたウェブサイト改修と戦略策定を行ったことがあり、それ以来「アクセシビリティ」というワードに敏感になりました。普段の業務では生活者視点に則したアプローチを重視していますが、自分にとって未知である視覚障害の体験を通じて、障害を持つ方々の視点をより深く理解したいと考え、参加しました。
――ワークショップを体験した感想と印象に残ったことを教えてください。
前田:率直に言って、「見えない」ということがこんなに怖いとは思いませんでした。ロービジョンメガネをつけて社内を歩き、自動販売機で飲み物を選ぼうとしましたが、何がどこにあるのかわからず、普段なにげなく行っていることが、視覚障害の方々にとってはこれほど不便であることに驚きました。
河島:私も前田さんと同じく、見えないことの怖さを実感しました。これまでウェブ関連の仕事をしてきたので、アクセシビリティといえばウェブのことばかり考えていましたが、今回のワークショップで日常生活のさまざまな障害にも目を向ける必要があると感じました。
長谷川:各グループに視覚障害の方が参加してくださり、直接お話を伺う機会がありました。特に印象に残ったのは、自己紹介で「ウインドウショッピングが好き」とおっしゃった方の言葉です。私は無意識に、「視覚障害のある人はウインドウショッピングをしない」と思い込んでいましたが、実際には楽しむ手段があり、その方にとっては日常の一部だったことに気づかされました。この気づきは大きな学びでした。
話を聞きながら、「できないこと」に注目するのではなく、「どうすればできるのか」という視点で日々生活していることが伝わってきて、深く考えさせられました。
体験を生かした業務改善への新しい視点
――今回のワークショップで体験したこと、感じたことを、今後の自身の業務にどのように生かしていきたいですか?
長谷川:視覚障害のある方々と過ごす中で、知識として理解していたつもりでも、実際には理解が浅かったと痛感しました。この経験を忘れず、当事者の視点を大切にしたいと思います。また、ナラティブアプローチ※の重要性も再認識しました。ユーザージャーニーの分析だけでなく、直接関わることの価値を業務に取り入れていきたいです。
河島:ガイドラインのチェック業務では、単なる確認作業に終わらせないよう心がけたいです。視覚障害のあるユーザーが情報をどう受け取るのかを想像し、質の高いアクセシビリティ改善につなげたいです。
前田:ワークショップを通じて、アクセシビリティ関連業務への向き合い方が変わりました。視覚障害の方に教わったiPhoneの機能は、私にも便利でした。ウェブアクセシビリティは誰もがウェブを使いやすい環境を作ることだと再認識しました。
※相手の語る「物語(narrative)」を通して解決法を見出していくアプローチ方法
――ウェブアクセシビリティに関して、電通デジタルにはどのようなことを期待しますか?
タキザワ:電通デジタルには、ウェブアクセシビリティをさらなる次元へと進化させてほしいです。ガイドライン遵守だけでなく、楽しくクリエイティブな価値を生み出すことを期待します。
当社では、障害のある方々を「リードユーザー」と定義しています。彼ら彼女らは障害者ではなく、「未知の未来へ導いてくれる人」。見えない世界で生きるプロフェッショナルです。そうした方々との共創から、イノベーションが生まれるはずです。
――ウェブアクセシビリティプロジェクトや、クライアント企業支援に、今回のワークショップをどのように生かしていきますか?
植木:ワークショップでリードユーザーの声を直接聞く大切さを再確認しました。クライアント企業にもこうした体験の場を提供し、理解をさらに深めてもらえたらいいなと思います。
千葉:この活動を続ければ続けるほどさまざまな当事者を知ることの重要性を強く感じています。電通デジタルの理想は、誰もが使いやすいとは何かを考え追求を続けること。そのために「当事者を知る」取り組みを今後は社外にも広げ、より多くの人が当事者の視点を自分ごととして考えられるようにしたいです。
ご相談・お問い合わせ
PROFILE
プロフィール
この記事・サービスに関するお問い合わせはこちらから
TAGS
タグ一覧
EVENT & SEMINAR
イベント&セミナー
ご案内
FOR MORE INFO