2022.08.02

世界をアップデートするクリエイティビティ(前篇)――カンヌライオンズ2022 審査+現地視察レポート

パンデミックはあらゆる国のマーケティングのあり方に甚大なインパクトを与えました。また、コロナ禍の完全な収束を待たずして、新たな紛争が起き、今もなお継続しています。そんな困難な世相の最中、3年ぶりのIn Real Life開催となったカンヌライオンズ2022には、どのような傑出した事例が集まり、そして讃えられたのか。審査員のひとりとしてそのフェスティバルの実施に関わった立場の視点も交え、レポートします(前・中・後 計3篇)。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

エクスペリエンスクリエイティブ部門
エクスペリエンスデザイン第1事業部
エグゼクティブクリエイティブディレクター

谷口 昇司

 9つのトラックに29の部門

カンヌライオンズの部門は時代に即して毎年のように再編されますが、2022年は以下の形で各部門の事例募集と授賞が行われました。

「トラック」と呼ばれる9つの大分類の中に、より細分化された計29部門が配置されています。伝統的なFilm部門やPrint部門から、今回新設となったCreative B2B部門まで、幅広く様々な部門が設置されました。

The Cannes Lions 2022 Awards Map[1]

私がショートリスト審査員として事例選出に関わったSocial & Influencer部門[2]はEngagementトラックに含まれる部門のひとつで、様々なタッチポイントにおいて人々の心理の深い洞察に基づいたクリエイティビティを重視する同トラックの中でも特に、Twitter、Instagram、TikTokといったソーシャルネットワーキングサービス(SNS)や社会的影響力を持つ存在を画期的に活用した戦略やアイデアを高く評価する部門です。

Social & Influencer部門は、70年弱の歴史と伝統を持つカンヌライオンズの中では比較的新しい部門で、毎日のように変化するSNSやバーチャルワールド独自の文脈を的確に捉え、その文脈の波を強力かつ大胆に乗りこなした事例が集まることが期待されています。

私としては、その取り組みが文脈の波を上手に乗りこなすだけではなく、それ以外のメディアやリアルライフも含めた新しい波をも生み出すような事例を期待して審査に臨みました。

Well-madeとOutstanding

世界中のクリエイティブな人々が自信を持って送り出した事例の多くから、自身が携わる業務へ活かせる、また活かさなければと思わせられる洞察・戦略・アイデアを発見できました。

様々なSNSの最新文脈を的確に理解し、多くの人々とのエンゲージメントを形成できている事例があり、それらは "Well-made(とっても良くできている)" な事例として採点し、私の心にもまた残りました。

審査を受け持った全ての事例に何度も目を通した後で考えたことは、"Well-made"と "Outstanding(傑出している)" な事例の違いはどこにあるのか? です。

前述の通り、傑出していると感じさせられる事例には、SNSの文脈を乗りこなすだけではなく、その文脈そのものや私達の既成概念をもアップデートするような戦略とアイデアがあったり、SNSやバーチャルワールドを重要なファクターとしながらも、私達が現実に生きるリアルライフにおける態度と行動の変容をも包括した事例となっているのです。

「クリシェ(cliché)」というフランス語があります。日本語で言えば「ありきたり」「目新しくない」「常套手段」といった意味を持つ比較的ネガティブな言葉ですが、これは私達がSNSや他メディアで展開するためのアイデアを考える際に、つい陥りがちな落とし穴です。独自の文脈や文化を学びそれに合わせようとするあまり、逆にありきたりなアイデアにとどまってしまうのです。

Outstandingな事例の多くにはそう思わされる部分がなく、かつそのクリシェの呪縛を軽やかに打破しており、「こんな形のSNSの画期的な使い方があったなんて、思いもしなかった!」と圧倒される要素がありました。その「画期的な使い方」や、それによってもたらされた結果が、SNSやリアルライフを包括した私達の世界をより良く価値あるものへアップデートしていくのだろうと確信しました。

「Aは○○だよね、だから△△だよね!」という共通合意の形成および確認は、私達があらゆる他者と対話するうえで礎となる重要なファクターですが、それは同時にクリシェでもあります。

「Aは○○と言われるけれど、見方を変えると□□とも言えるのでは?」

「Aは○○なものだけれど、だからこそ□□だよね!」

といった一歩先をゆくアイデアが、私達の既成概念を大胆にアップデートし、競合や課題がひしめく困難なゲームを変革していくのです。

多くの企業が未踏の領域に、勇敢なアイデアとそれを実行する根拠を持って最初に踏み出すことこそが、文字通りの意味でOutstandingな事例を生み出すための秘訣なのだとあらためて理解しました。

【事例: THE UNFILTERED HISTORY TOUR | VICE | Grand Prix in Social & Influencer Lions】

THE UNFILTERED HISTORY TOUR[3]

Should the British Museum Return Looted Objects? I The Unfiltered History Tour[4]

「大英博物館の収蔵品は素晴らしいよね、だから価値ある歴史を学べるよね!」ではなく、「大英博物館の素晴らしい収蔵品って、見方を変えると略奪の歴史とも言えるのでは?」と捉え、"フィルタを解除した" 歴史ツアーを、博物館の現地で作動するSNSのAR機能を駆使して提供した事例です。

SNSは私達のリアルライフを反映しておらず、ネガティブな側面はフィルタリングされているという声がある中、逆にSNSを使うことで歴史のフィルタが解除され、そのリアルな姿が見えてくるというアイデアが、残酷な真実からつい目を背けてしまいがちな私達への痛烈なカウンターとなっています。

【事例: CHATPAT | SOS CHILDREN'S VILLAGES INDIA | Gold Lion in Social & Influencer Lions】

CHATPAT | SOS CHILDREN'S VILLAGES INDIA[5]

Chatpat - SOS Children's Villages of India's brand ambassador for Goodknight:[6]

「恵まれない子どもは可哀想だよね、だから彼らへの同情と寄付を深刻に訴えるべきだよね!」ではなく、「子どもには無限の可能性と無邪気さがあるよね、だからこそ彼らへ寄付する価値があるはずだよね!」と捉え、10歳のChatpat君と仲間達が様々な企業の有名なCMを "ローテクで再現" したビデオを制作・公開し、その企業達に「働いたから寄付して!」と無邪気に迫った結果、見事にかつてない規模の寄付金を集めたという事例。

※ めちゃくちゃ怒った企業もあったそうです……

脚注(出典)

1. ^ "The Most Prestigious Creative Awards". Cannes Lions 2022. 2022年7月12日閲覧。
2. ^ "Social and Influencer Lions". Cannes Lions 2022
3. ^ "The Unfiltered History Tour". The Work(カンヌライオンズ受賞作品の公式アーカイブサイト). 2022年7月25日閲覧。
4. ^ "Should the British Museum Return Looted Objects? I The Unfiltered History Tour". VICE News Official YouTube Channel.(2021年12月8日)2022年7月25日閲覧。
5. ^ "Chatpat". The Work. 2022年7月25日閲覧。
6. ^ "Chatpat - SOS Children's Villages of India's brand ambassador for Goodknight:". SOS Children's Villages India Official YouTube Channel.(2022年1月10日)2022年7月25日閲覧。

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