2022.08.05

世界をアップデートするクリエイティビティ(中篇)――カンヌライオンズ2022 審査+現地視察レポート

パンデミックはあらゆる国のマーケティングのあり方に甚大なインパクトを与えました。また、コロナ禍の完全な収束を待たずして、新たな紛争が起き、今もなお継続しています。そんな困難な世相の最中、3年ぶりのIn Real Life開催となったカンヌライオンズ2022には、どのような傑出した事例が集まり、そして讃えられたのか。審査員のひとりとしてそのフェスティバルの実施に関わった立場の視点も交え、レポートします(前・中・後 計3篇)。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

エクスペリエンスクリエイティブ部門
エクスペリエンスデザイン第1事業部
エグゼクティブクリエイティブディレクター

谷口 昇司

新世界へ旅立つ前に

マーケティング業界、特にエージェンシーで働く私達がここ数年注目している(せざるを得ない)のがバーチャルワールドにおける開拓の可能性、具体的にはメタバースであることは間違いがないでしょう。

実際に、マーケティング活動を行う新たな世界としてメタバースへ踏み出した企業が今回の事例の中に多くあり、いずれもその決断と勇気に敬意を抱きました。

パンデミックによって物理的な移動と人々のリアルな交流がかつてないレベルで制限され、また望まざる紛争によって人々の憎悪が増大し、互いの心の距離が離れ続けているこの数年にあって、いかなる距離も国境も越えて多様なバックグラウンドを持つ人々が邂逅できるメタバースは、半ば必然的に次代における私達のフロンティアとなったのです。

ただし、メタバースにそのマーケティング活動の領域を拡大した企業やエージェンシーは、バーチャルワールドにおいて人々と新たな対話を行う際にもこれまで通りのコミュニケーション手法が通用するだろうと過信してはいけないのだ、ということも、同時に強く思わされました。メタバースでの取り組みが上手くいっていないと思わざるを得ない事例も、少なからずあったからです。

パンデミックの恐怖によってその従来のメソッドは根本から問い直されながらも、リアルライフにある店舗やそこでの体験価値が毀損されたわけではありません。むしろ、その五感に満ちた体験の尊さを再認識したのが、ここ数年の私達ではないでしょうか。

メタバースで今、何を実行することが果たして正解なのか?を考えたことがない人はエージェンシーにおいては存在しないことと思いますが、そんな課題意識に煮詰まった私達の脳を強烈なパンチで揺さぶるような、大きな示唆を得られる事例がいくつかありました。

【事例: THE VIRTUAL HEINEKEN SILVER | HEINEKEN | Silver Lion in Social & Influencer Lions】

THE VIRTUAL HEINEKEN SILVER | HEINEKEN[1]

Launching the new virtual Heineken® Silver[2]

「(今の)メタバースでできることって限度があるよね」という、身も蓋もない、しかし誰もが苦笑いしながら納得してしまうような共通合意形成の事例です。

ハイネケンはメタバースに建設した醸造所で、世界初のバーチャルビール、ハイネケンシルバーの発売を発表しました。カロリーゼロ、秘密の成分ゼロ、そしてなんと、ビール自体もゼロ! どういうことでしょう? ハイネケンシルバーはバーチャルな存在なので、どんな手を使って試飲に挑戦しても、(味覚を再現するまでに至っていない今のメタバースでは)不可能に決まっています。

これはメタバースという熱狂に乗り遅れまいと焦る人々への苦味の効いたジョークでもあり、少なくとも今はリアルライフで気のおけない仲間と本物を飲んだ方が良さそうだね、味も分かるしという、現実世界における体験価値を再確認させられるメッセージでもあります(話題化の後で、"リアルの" ハイネケンシルバーもしっかり発売されました)。

【事例: HOMELESS IN THE METAVERSE | ENTOURAGE | Bronze Lion in Social & Influencer Lions】

HOMELESS IN THE METAVERSE | ENTOURAGE[3]

Will, the first homeless person of the Metaverse (english subtitles)[4]

「新世界よりもまず旧世界の問題に目を向けよう」という辛辣なメッセージを、メタバースの波に乗り遅れまいとする熱心な人々に向け、皮肉なことにも、そのメッセージが最大の効果を発揮するであろうメタバース上で発信したという事例です。

バーチャルな不動産や製品に大金を支払う人々が滞在するメタバース空間に現れた世界初のバーチャルホームレスのウィル氏が、「旧世界の片隅に取り残されている人々のために使うお金があるはずだ」と問いかけます。解決されるべき問題は、私達が普段目をそらしているだけで、VRゴーグルやモニターの外、リアルライフにまだ多く残っているのです。

今までできたことと同様のことを新世界、つまりメタバースで実行したとしても、それはリアルライフで新店舗をオープンしたり、プロモーションを実施することと本質的な差はありません。

メタバースだからできること、メタバースではできないこと、そして今のメタバースでするべき価値があること。リアルライフだからできること、リアルライフではできないこと、そして今のリアルライフでするべき価値があること。

これらを冷静に俯瞰することが、バーチャルワールド開拓の過渡期において、今一度求められています。Utopia(架空の理想世界)とProtopia(昨日よりちょっとマシな現実世界)、どちらも重要ということでしょう。

※ "Protopia" は思想家のKevin Kellyが提唱する概念

製品価値と企業価値

企業、つまりエージェンシーにとってのクライアントがたゆまぬ努力の末に開発し、誇りを持って市場へ送り出す製品の価値を、可能な限り多くの人々に最善な手法で伝達し、深い理解と共感の醸成を通して、そのユーザーひいてはビッグファンになってもらうこと。これがエージェンシーの重大な使命であることに、これからも全く変わりはありません。

ただ、世界的な環境問題への向き合い方やより良い社会の実現がより一層厳しく問われるようになった今、エージェンシーの使命も、製品の価値を伝えることだけでは充分ではなくなりました。企業が世界や社会の問題解決に対してどのように貢献することができ、結果としてその確固たる存在意義をいかに確立するかについて最適な解を示すことが、この複雑で困難な世相において私達が背負うべき、重くも意義のある使命なのです。言い換えれば、企業の価値を社会に示すことです。

競合企業同士の熾烈な製品開発競争の末、その機能的価値にほとんど差を見いだせなくなった時、人々の心は "どの製品を買うか" から "誰の製品を買うか" にシフトしていきます。その際に選ばれるのは、共感でき、信頼に足り、その製品やサービスに対価を支払う自分を誇れる企業です。パーパスブランディングという素敵な言葉に注目が集まる昨今ですが、それはつまり企業の価値を創り高めることだと理解しても良いのではないかと、あらためて思わされました。カンヌライオンズにおいて今回も例年と同じく讃えられた事例の多くは、このような難しい課題を、傑出したクリエイティビティで解決したもの達でした。

【事例: SHAH RUKH KHAN-MY-AD | CADBURY CELEBRATIONS | Shortlisted in Social & Influencer Lions】

SHAH RUKH KHAN-MY-AD | CADBURY CELEBRATIONS[5]

Supporting Local Retailers This Diwali | Not Just A Cadbury Ad Campaign Video[6]

キャドバリー社にとって、自社の商品を取り扱ってくれる何千もの商店は重要なビジネスパートナーです。パンデミックの混乱と恐怖を経て、人々の買い物の手段はオンラインと宅配へ大きくシフトし、街の小さな商店達は苦境に立たされていました。

キャドバリーはそれを画期的なアイデアで打破します。どのように? ボリウッドスーパースターの起用と、ディープフェイク技術の善なる活用によって。商店のそれぞれが売りたい商品や店名に合わせて、スーパースターのセリフや表情を超カスタマイズ & パーソナライズできる広告ビデオを、各店舗のオーナーが自由に生成し、かつそれを自由に活用できるプラットフォームを提供したのです。製品の販売はもちろん、企業価値の向上も同時に実現している、傑出した事例です。

脚注(出典)

1. ^ "The virtual Heineken Silver". The Work. 2022年7月25日閲覧。
2. ^ "Launching the new virtual Heineken® Silver". Heineken Official YouTube Channel. 2022年7月25日閲覧。
3. ^ "Homeless in the Metaverse". The Work. 2022年7月25日閲覧。
4. ^ "Will, the first homeless person of the Metaverse (english subtitles)". Réseau Entourage Official YouTube Channel. (2022年3月31日)2022年7月25日閲覧。
5. ^ "Shah Rukh Khan My Ad". The Work. 2022年7月25日閲覧。
6. ^ "Supporting Local Retailers This Diwali | Not Just A Cadbury Ad Campaign Video". Cadbury Celebrations Official YouTube Channel. 2022年7月25日閲覧。

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