生成AIのビジネス活用が進む中、マーケティングファネル上に生成AIを活用した顧客と企業の「対話」「相談」というフェイズが登場し、潜在層へのさらなるリーチや既存顧客対応の向上、リピート増加などが見込めるようになりました。
電通デジタルは生成AI活用による「対話」や「相談」のさらなる可能性を追求すべく、ゴルフダイジェスト・オンライン(以下、GDO)と生成AIの共同研究ラボ「GDO-AI Lab」を設立。ユーザー一人一人に最適な接客を行うAIチャットボット「GDO店員さんAI」および、ECサイトにおけるバーチャル試着サービス「GDOバーチャル試着」のデモ版を開発中です。
本プロジェクトの狙いと取り組み、そして誰もが実用できる領域に差し掛かっている生成AIの可能性について、GDOの加藤裕稔氏と電通デジタルの山本覚氏にお聞きしました。
顧客体験にインパクトをもたらす手段の一つとして、生成AIに大きな可能性を見出す
──現在開発している「GDO店員さんAI」「GDOバーチャル試着」がどんなサービスなのかを教えてください。
加藤:「GDO店員さんAI」はゴルフ場予約ページに設置した対話型AIサービスです。ユーザーがゴルフ場について質問すると、AIがユーザーと自然な会話をしながら一人一人の細かな要望や好み、潜在的なニーズを汲み取り、個別に最適な提案を行います。
また、プレー後の振り返りにもAIとの対話をご活用いただくことで、ユーザーのニーズに合わせたアイテムや次回のゴルフ場の提案を受けられます。当社はゴルフ場に関する会員のレビューを膨大に蓄積しています。これらをAIに学習させてチューニングを行うことで、ゴルフ場の公式情報だけでは得られないデータに基づいた、精度の高い提案を行うことが可能となっています。
「GDOバーチャル試着」は、ECサイトでユーザーが自分の画像をアップロードし、トップスやボトムスなどのウェアをバーチャル試着できるサービス。商品データを解析・学習したAIが、自然な形でユーザーがアイテムを身に着けた状態の画像を生成します。自分に似合うコーディネートの具体的なイメージを持つことができるため、「ECで買った商品が届いたけどイメージと違った」「店舗で何着も試着するのがわずらわしい」といったお悩みを解決し、アイテム選びが楽しくなる購買体験を提供します。
──いずれのサービスもこれまでゴルフ業界になかった最先端の取り組みだと思いますが、このプロジェクトが始まった経緯を教えてください。
加藤:当社は以前からデータやテクノロジーの活用に積極的に取り組んできた企業です。私は2017年に中途入社したのですが、当時すでにデータがきちんと整備され、さまざまな場面で有効活用されていることに驚いたほどです。
それでも近年、テクノロジーの急速な進化とともにマーケティング環境がどんどん高度化・複雑化していく中で、やるべきことはたくさんあるのに全てをやり切れないもどかしさや、効率を求めすぎた結果、マーケティング施策がコモディティ化してしまうといった課題が生じていました。何か顧客体験に大きな変化をもたらすような新しいチャレンジができないかと模索していたところ、もともと運用型広告のパートナーとしてお付き合いのあった電通デジタルの担当者から山本さんをご紹介いただいたんです。
山本:そうでしたね。一緒にご飯を食べながら自由に意見交換をさせていただく中で、「店員さんAI」というアイデアが出てきたんですよね。その時はまだ何ができるかが見えていない部分も多かったのですが、非常に大きな可能性を感じたことを覚えています。
──どんなところに可能性を感じたのでしょうか?
山本:まず、GDOさんの経営陣の方々がテクノロジー活用に積極的で、全社的にチャレンジしていくんだという強い意志をお持ちだったことです。それから、GDOさんはゴルフに関する幅広い領域をカバーしている企業なので、あらゆるゴルフ体験をつなぐAIを作れる可能性があったこと。ちょうど生成AIをはじめとする技術が急速に進化していたタイミングだったので、最先端の技術を用いてチャレンジできることにワクワクしました。
──今回、共同ラボという形でプロジェクトを立ち上げていますが、そこにはどんな意図や狙いがあったのですか?
加藤:「店員さんAI」というキーワードが先行していたものの、実際にわれわれが持っているデータで何ができるのか、その可能性を探るところからのスタートだったので、単なる受発注の関係ではなく一緒に研究に取り組んでいただきたいという思いがありました。
山本:特に生成AI領域はまだ成熟していないため、その時にベストだと思った技術が1週間後にはもっと良い技術に置き換えられる可能性もあります。そのような変化に柔軟に対応していくためにも、実証実験を前提とした共同研究という座組みが最適でした。その上で、生成AIの技術検証やロジックの開発は私たちが担当し、サービスへの実装やマーケティング活用はGDOさんが担当するという、明確なすみ分けができていたことも心強かったです。
会話を複数のステップに分け、各ステップに特化したLLMを活用。約3倍の精度向上を実現!
──「GDO-AI Lab」では、どのように検証・開発を進めていったのでしょうか?
山本:先ほど加藤さんもおっしゃっていましたが、さまざまな企業のデータを取り扱ってきた私たちですら驚くほど、高度に整理されたビッグデータを提供していただきました。しかも、その中には一般的なゴルフ場のデータだけではなく、レビューを中心としたユーザーの生の声が大量に蓄積されていたのです。
例えば、「このゴルフ場はシャワーの勢いが強い」とか「キャディーさんが親切だった」といった情報は公式サイトには載っていませんよね。そのような深いインサイトも含めてAIに学習させることで、ユーザーの興味にまつわる情報を集約した“ゴルフ場DNA”を構築しました。
加藤:ゴルフ場DNAには、長年ゴルフビジネスに携わってきた私たちから見ても非常に納得感のあるインサイトが集約されていました。どれも「言われてみればそうだよね」と頷けるものばかりなのですが、きちんと分類された状態で可視化はできていませんでしたから、AIにできることの強みを実感しましたね。
山本:このゴルフ場DNAに加えて、今回は当社の独自技術である「マルチステップシナリオ制御」を導入しています。これは、会話のステップに合わせて特化したLLM(大規模言語モデル)を複数活用する技術です。
例えば、AIチャットでいきなり「こんにちは。あなたにおすすめのゴルフ場はここです」と言われるのは会話として不自然じゃないですか。そうならないように、まずはアイスブレークとして「ゴルフは初めてですか?どのくらいやったことがありますか?」といった一般的な会話からスタートし、そのステップが終わったら次は地域や人数、予約日などの必須事項をヒアリングするステージでゴルフ場を絞り込んでいきます。ある程度候補を絞り込めたら、いよいよユーザーにおすすめのゴルフ場を提案するステップに進みます。
山本:ユーザー体験としては一つのAIと会話をしているのですが、その裏では「一般会話ステージ」「ゴルフ場検索ステージ」「ゴルフ場提案ステージ」に特化したLLMがそれぞれ動いており、常に会話ステージを判別しながら連携することでシームレスな体験を提供しているのです。これにより、一つのLLMで実装するよりも約3倍の精度を出せるようになりました。
加藤:「いま行われている会話はどのステージなのか?」という判別もAIがやっているんですよね。想像以上に自然な会話が成り立っていてびっくりしました。
平均滞在時間3分、平均返信数5回。ユーザーとAIの会話が弾み、さらなるインサイトを抽出
──実証実験の成果を教えてください。
山本:リリース前に実証実験として一部のLPサイトにGDO店員さんAIを実装し、実際にユーザーの方々に体験してもらいました。その結果、会話を開始したユーザーの7割からインサイトを抽出でき、さらにその8割が提案ステージまで進みました。滞在時間も長く、平均3分ぐらいAIと会話が続いたんですよね。
われながら「人間とAIがこんなに普通に会話できるのか」と驚きました(笑)。プレー後にもAIと会話ができるのですが、平均返信数は約5回。「ゴルフユーザーは、プレー後に自分のプレーをたくさん話したい」という、GDOさんが立てた仮説どおりの結果が出ました。
加藤:そうですね、自分のプレーを振り返りながらうまくいったところを話したり、うまくいかなかったのはクラブやプレー環境に原因があると話したりと、会話の内容も私たちの仮説と一致していました。テスト段階でユーザーに使っていただくことには不安もあったのですが、仮説の正しさを証明できたことでプロジェクトが大きく前進したと感じています。
──社内外からの反響はいかがでしたか?
加藤:社内の全社チャットで実証実験の結果を報告したところ、ものすごい反響がありました。次は参加したいと手を挙げてくれたメンバーもたくさんいますし、これをきっかけにAI活用の話題が社内のいろんなところで飛び交うようになったと感じるので、良い起爆剤になったのかなと思います。
山本:国内外のマーケッターが集うカンファレンス「ダイレクトアジェンダ2024」でこの事例を発表し、約300社の事業会社のトップマーケッターによる投票の結果、アジェンダアワードを受賞することができました。さまざまな業種・業態の方からこの取り組みに可能性を感じていただけたことは自信につながりました。
また、業務効率化を目的とした生成AI活用はさまざまなクライアントに提供していたのですが、このプロジェクトを通じてユーザー体験の向上にも生成AIが貢献できる可能性を示せたことで、非常に多くのクライアントからご相談をいただけるようになりました。
生成AIの進化により、事業会社独自の経済圏を構築できる時代に
──現在開発中のサービスは本格導入に先駆けたデモ版とのことですが、正式リリースに向けた開発内容を教えてください。
山本:「GDOバーチャル試着」は、ユーザーがアップロードしたご自身の画像で、ウェアを試着した時の見た目を生成する機能ですが、今後は、過去に購入した商品と組み合わせた試着や、コーディネートの提案、類似アイテムのリコメンドなどの機能を追加する予定です。
例えば、コーディネートの提案では、GDOさんのショップ担当者によるスタイリングの知見が詰まったおすすめコーディネートのデータを学習させることで、テキストデータだけでは難しかった“スタイリストのセンス”を再現することにチャレンジしています。
加藤:あくまでも一例ですが、「ウェアはブルーの爽やかなボーダー柄」「パンツはイエローのスポーティータイプ」という組み合わせは、テキスト情報だと良さそうな気がするかもしれませんが、実際に試着してみると合わないこともありますよね。そういったスタイリングのセンスの良し悪しを生成AIに学習させることで、お店で店員に相談しながら試着するような体験をECサイトでも提供していきたいんです。
──今後、「GDO-AI Lab」で取り組んでいきたいことを教えてください。
加藤:「GDO店員さんAI」や「GDOバーチャル試着」に限らず、ユーザーとのあらゆる接点で得られた反応やフィードバックを収集・分析し、生成AIに学習させることで、ユーザー体験の向上だけではなく、社内のマーケッターの業務支援にも貢献できると考えています。
マーケッターの仕事が1から10まであるとすれば、1と10のあいだにある作業をどんどん生成AIに任せていき、最終的にはアイデアを生み出す0→1と、仕上げの10にマーケッターのクリエイティビティを集中できるようにする。そんな未来像をイメージしています。
山本:GDOさんが保有する豊富なユーザーデータやコンテンツデータとAIを掛け合わせることで、あらゆるサービス領域で顧客体験をリッチに変革する「GDO経済圏」を発展させていきたいと考えています。従来、そのような経済圏を成立させるためには膨大なデータが必須になるため、事業会社単体ではデータが足りない、もしくは大量のデータがあっても扱いきれないことがボトルネックでした。
しかし、今回のようにユーザーとの接点に「対話」や「相談」が入ることで、ユーザーの深いインサイトを短期間でたくさん取得できるようになります。しかも、その膨大なデータを生成AIが素早く整理された状態で可視化してくれるので、事業会社単体でも大規模な経済圏を作れるようになると思うんです。
加藤:経済圏を発展させながらGDOでしか提供できないサービスの価値を最大化し、より多くの方々に楽しいゴルフ体験をお届けしていきたいです。私たちはゴルフの事業会社なので、ゴルファーにとってうれしい体験、楽しい体験、便利な体験を作っていくことが使命です。その実現のために生成AIをはじめとするテクノロジーを活用していきたいですし、山本さんをはじめとするその道のプロフェッショナルな方々に支援していただきながら、最先端の取り組みにもどんどんチャレンジしていきたいですね。
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