データ分析とAIを活用し、デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現する。今や、すべての企業にとって事業戦略の要(かなめ)であるDXだが、日本企業は世界と比べて遅れているという指摘も多い。この現状をどう打破すれば良いのだろうか。書籍『データ分析・AIを実務に活かす データドリブン思考』(ダイヤモンド社)の著者であり、滋賀大学 データサイエンス学部 教授の河本薫氏に、電通デジタルの大木真吾が、課題克服の秘訣を聞いた。
※「日経ビジネス電子版Special」(2023年8月7日公開)に掲載された広告を転載
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「Why」への執着が、データ活用の決め手
電通デジタル・大木真吾(以下、大木):最初に河本先生とお会いしたのは、確か7、8年前ですね。河本先生が大阪ガスにいらっしゃったころで、その後も時折、対面で意見交換をさせていただいてきました。このたびは、電通デジタル ビジネストランスフォーメーション部門のデータビジネスアドバイザーに就任いただき、ありがとうございます。
滋賀大学教授・河本薫氏(以下、河本):大木さんには、2020年に半年間ほど、私のゼミ生12人の指導にご協力いただきましたよね。実データを使って事業課題を解決するというテーマで、小売店舗のスマホアプリデータを分析しました。私は、マーケティング的な観点からの指導はできなかったので、非常に助かりました。
大木:今、企業には、様々なデータが蓄積されるようになってきましたが、そのデータをうまく事業に生かしている企業もあれば、その手前で悩みを抱えている企業も多いと感じています。うまくデータを活用し切れていない企業の共通項は何だと考えますか。
河本:それは、データ基盤が整っているか/データサイエンティストがそろっているかの違いではなく、その企業が“「Why」にどれだけ執着して考える風土を持っているかどうか”に尽きると思っています。例えば、前例を覆すような結果がデータから得られたとしても、社内の忖度でWhyがかき消されてしまうような風土では、どんなにデータを活用する機運があってもうまくいかないですよね。
河本 薫氏
滋賀大学 データサイエンス学部 教授 兼 データサイエンス教育研究センター副 センター長
1991年、京都大学応用システム科学専攻修了。大阪ガスに入社。98年、米国ローレンスバークレー国立研究所でデータ分析に従事。2011年、ビジネスアナリシスセンター所長に就任、大阪ガスにおいてデータ分析組織を定着させた。初代データサイエンス・オブ・ザ・イヤーを受賞。18年4月より現職。博士(工学、経済学)。
大木:確かに、課題を解決したいという意識が高いほど、現れた結果に対するWhyに執着しますし、その解明にはデータの力が重要になります。そういうマインドを持つためには「当事者意識」が大事になってきますよね。
河本:ビジネスの当事者が常々Whyを追求できていれば、おのずとデータを使いたくなるはずなのです。「モノづくり」において、工場で不良品が出るとWhyに執着し、その改善マインドが強いのは日本の良いところなのですが、一方で「コトづくり」になると日本人はWhyの意識がすごく弱くなってしまいがちです。
大木:「モノからコトへ」は、様々な観点でキーワードとなる言葉です。我々電通デジタルも、多くの企業に対し、データに立脚した、ユーザーの新しい体験づくりのお手伝いをしているところです。
河本:ただ、外部からWhyを追求しましょうと言っても、そう簡単には変わらないですよね。目指すべき理想は忘れずに、現実的に足元でできることは何かを考えなければなりません。
大木:その理想と現実をどう埋めていくかも、私たちがお手伝いするポイントなのかもしれないですね。
経営的な視点で、データを全体最適に生かす
河本:データドリブン思考を企業に根付かせるためには、企業文化自体を変えなければなりません。ただ、企業文化を変えるのは、そう簡単な話ではなく、10年、20年かかる話だと思うのです。その覚悟を持って、1年後、2年後に何を目指すかを握っていくのが本筋になるでしょう。しかし、企業の中には高い壁があり、それを崩すことがまず必要です。
大木:我々のような第三者的な立場だからこそ、横と横をつなぐコーディネーターとしての立ち回りができると感じています。とある事業会社では、部署間に壁がありデータの連携ができていませんでした。ところが、我々が間を取り持つことで、データを経由させることができたのです。我々をうまく使っていただいて、いずれ本質的な組織のあり方を目指すのも1つの方法としてはありなのかもしれません。
河本:行動の積み重ねこそが、企業文化を変えていきます。データドリブンに向けた行動をいかに継続させるか。電通デジタルが支援する際には、3年から5年、テクニカルなサポートだけでなくマインド面でも、継続的に企業に寄り添うことが大切になるでしょう。
大木:先日、電通デジタル社内で河本先生に実施していただいた勉強会では、うまく進まない理由にデジタル技術・ノウハウに言及されることが多いですが、DXのX(トランスフォーメーション)の部分、つまり「変革の意思」が持てるかどうかが、よほど重要だと語っていたのが印象的でした。
大木 真吾
株式会社電通デジタル ビジネストランスフォーメーション部門 データデザイン事業部 ディレクター
2005年に31歳で大手広告代理店グループに参加。データマーケティングやCRM領域の戦略策定・施策立案・分析支援などを担当。エグゼクティブデータマーケティングディレクターとして100を優に超える多彩なプロジェクトをけん引・参加してきた。22年より電通デジタルに移籍。
河本:何かゴールがあってそれを達成すれば良いという話ではありません。経営環境が変わっていく中で、変化し続けるという意思こそが重要なのです。能力がある人間が生き残るのではなく、変化し続けられる人間が生き残ることができるのです。
ただ、変化する際に重要なのは、「捨てる」ことだと私は思います。日本企業が良くないのは、デジタルで「プラスアルファ」をやろうとすること。プラスアルファを続けていけば、いずれオーバーフローしてしまうでしょう。
ある企業は、これまでリアルな場で特別販売会を実施していましたが、コロナ禍になった際、その予算をすべてネット販売に切り替えました。するとリアルよりずっと良い結果になったのです。もしコロナ禍がなければ、プラスアルファでネットに参入し、限られた予算で中途半端になってしまったのではないかと思います。
大木:どちらもうまくやろうということでは、成功しないのでしょうね。
河本:捨てるという決断をするには、かなり長い時間軸での視点が必要になります。単年度で利益を出すかどうかという時間軸ではなく、一時的に売り上げが下がっても、次世代に会社を引き継ぐという強い意思があるかどうかが大事なのです。やはり、本当の変革には10年、20年の時間が必要なのだと思います。
大木:よく企業の声で聞くのは、データ駆動型サービス体験を構想し、テスト施策を通じて示唆が得られたとしても、その先が出てきた事業そのものに良い影響が出てこないという悩みです。小さな成功、個別最適にとどまっているともいえ、いかにダイナミックに成果を出していくかが大切な論点に感じています。
河本:そういう意味で重要になってくるのは、社員全員が経営的な視点を持つことです。自分の業務を変えるという観点だけでなく、その変革が企業にどんなインパクトを与えるのかを意識する必要があります。そうすれば、他部署と連携することで、もっとできることがあるという発想になりますよね。
データを全体最適に活用しようとする企業と、個別最適で終わってしまう企業との差は、今後より大きくなっていくと思います。だから、社員全員が経営的視点を持つ、そういう企業文化を醸成しなければならない。そのためには、ボトムアップでの企業文化の変革には限界があるので、トップが能動的に動かないと難しいでしょう。
人材の質を高め、自走を支援する「伴走」こそが重要
大木:最近、我々がお手伝いをする機会が増えているのが、企業のデータ人材の育成やDX教育に対するプログラム支援です。社員の皆さまに、どういった視座を持つべきかをお伝えしながら、経営層とも向き合う機会をいただけると、より本質的な話ができるのかもしれません。
河本:その場合は、経営者の考えや担当者の立場、社風などを考慮して、どのようにアプローチするかを決めていく必要があるでしょう。その担当者が経営者になるくらいの頃に、変革が花開くというぐらいの時間軸で考えないと、大企業を動かすのは難しいと思います。
大木:本当の意味での伴走とは何だろうと、考えさせられますね。
河本:私が懇意にしているある企業の担当者は、「伴走」と「代走」の違いを強調していました。代走では人は育たないと言うのです。なので、やるべきは伴走です。ただ伴走にもいろいろなやり方があるので、相手には自走していると思わせながらも、そのレベルに合わせた伴走が必要になってきます。
ただ、代走より伴走の方が圧倒的に大変です。クライアント企業にとっては代走の方が楽ですから、そっちをお願いしたいと思うかもしれません。それでも、伴走の重要性をクライアント企業と握れるかどうかが大事になってくるでしょう。
最初はほぼ代走だけれども、だんだんと伴走に持っていきながら、最後に自転車の後ろから手を離していく感じでしょうか。
大木:素晴らしいアドバイスをいただいた気がします。ただ単に外注するのではなく、一緒になってWhyに執着しビジネスを変革していく、そしていずれは、自走していくのだという意識を、クライアント企業と一緒に育てていきたいですね。自然な自転車の手の離し方を、我々も研究していきたいと思います。
河本:本当の人材育成とは、量を増やすことではなく、質を高めることです。ただ、質を高めることは、数値目標とは非常に相性が悪いですよね。計画性がないと思われますし、経営者にもアピールできません。すると、質ではなく、量を判断基準にしてしまいがちです。
大木:我々が向き合うのは、DX推進部の方が圧倒的に多いです。こうした本質的な議論をしながら、目先のできることで伴走していくことが大切になってきますね。
河本:本質的なゴールへの意識をしっかり持った上で、データ分析を通して業務の変革ができたという、成功体験を積み重ねることが重要です。日本特有の強固な企業文化がある中で、電通デジタルさんのような外部からそれを変えていこうとする存在は、この国にとってとても貴重だと思っています。
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