DXの本質は、継続的な事業成長に向け、あらゆる変革を取り入れていく土台をつくること――。DXによる組織変革を実現する国内企業に電通デジタルがインタビューをし、成功のカギを探る「変革文化を生み出す日本流DX」。第1回は、早期からトップダウンでデジタル活用による事業変革に挑み、2022年3月期には最高益を更新するなど、持続的な成長を続ける空調世界最大手のダイキン工業に、電通デジタル副社長執行役員の小林大介氏が迫った。
「日経ビジネス電子版Special」(2023年2月20日公開)に掲載された広告を転載
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経営トップの危機感からデジタルを活用した変革に挑む
電通デジタル・小林大介(以下、小林):日本では、18年に経済産業省がDXの定義を公表したのを機に、企業のDXへの取り組みが加速したと言われますが、御社はその黎明期からDXを推進し、「DX銘柄2020」に選ばれるなど、業界のDXをリードする先駆者として認知されています。取り組みを始められた契機、その経緯についてお聞かせください。
ダイキン工業・植田博昭氏(以下、植田):1980年代に立ち上げた電子システム事業をはじめ、ITソリューション・気象データを組み合わせた業務用空調機の遠隔監視サービスの「エアネットサービスシステム」を93年に打ち出すなど、DXという言葉が登場する以前より、デジタル技術を活用したサービス提供には積極的に取り組んできました。
その基点となったのが、経営トップの井上(礼之・現取締役会長兼グローバルグループ代表執行役員)の強い危機感でした。空調機器がコモディティ化していく中、生き残りを懸けデジタルを活用したサービスやソリューションを強化していかねばならない。デジタル化の遅れによる経営リスクを早い段階で認識し、新しいビジネスにトライし続けてきた蓄積が今につながっていると思います。
DXという言葉が日本に浸透する前から、トップ自らが認識し、社員に考えさせていました
ダイキン工業・徳永一成氏(以下、徳永):「D(デジタル)」の取り組みが先行する形で、「X(トランスフォーメーション)」の強化を明確に打ち出したのが、21年6月に発表した戦略経営計画「FUSION25」でしょうか。重点戦略の一つに「変革を支えるデジタル化の推進」を掲げ、ビジネスイノベーション、プロセスイノベーションへの取り組みを掲げていますが、実際の事業を通じてデジタルは単純なツールではなく、事業変革につながるものという認識が社内に醸成されてきた流れも大きなポイントと言えます。
徳永 一成氏
ダイキン工業株式会社 IT推進部長
小林:デジタルを活用した事業としては、18年2月に空気・空間のデータを活用した協創プラットフォーム「CRESNECT(クレスネクト)」、21年6月にはクラウド型空調コントロールサービス「DK-CONNECT(ディーケーコネクト)」をリリースされていますね。
ダイキン工業・大藤圭一氏(以下、大藤):「CRESNECT」は、パートナー企業と協業した協創プラットフォームのコンセプトで、空調機のデータに加え、人や空間に関わるあらゆる情報を基に、オフィスでの生産性向上や健康維持に向けたデータの活用方法、新たな価値・サービスの創出を検討していく取り組みです。
19年7月に会員型コワーキングスペース「point 0 marunouchi(ポイントゼロ マルノウチ)を開設し、現在20社を超えるパートナー企業と共に様々な実証実験を行っています。
大藤 圭一氏
ダイキン工業株式会社 DX戦略推進準備室長
植田:「DK-CONNECT」は、空調機の制御データや運転データを送受信するネットワーク端末を介して業務用空調機をクラウドに接続し、様々なデバイスを通じて遠隔から一括管理ができるソリューションです。空調機や換気装置、照明器具なども連動制御でき、省エネや利便性、快適性が向上するほか、顧客の管理ニーズに応じたアプリケーションを組み合わせることで、顧客ごとの空調管理の効率化に貢献しています。
23年度末に1500人のデジタル人材育成を目指す
小林:DXを推進する上では担う人材の育成が欠かせません。御社では従業員を対象に、デジタル人材を育成する「ダイキン情報技術大学(DICT)」を設立し、話題を呼びました。一メーカーの取り組みとしては、珍しい取り組みではないでしょうか。
植田:これも経営トップの発案で、産業構造の変革を背景にIT人材の不足が深刻化することを見据え、情報科学分野を中心に包括連携契約を締結している大阪大学の協力を得て、17年に開講しました。
人材不足が顕在化する前に、トップダウンでスピード感を持って人材育成に着手できたことも、DX推進においては大きかったですね。21年度末に既存社員も含めてデジタル人材1000人の育成を達成し、23年度末に1500人の育成を目標に取り組みを進めています。
ダイキン工業・藤本正樹氏(以下、藤本):各講座の企画・運営は、私が所属するテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)で行っています。新入社員向けの講座では1年目に大阪大学の教授らからAIの基礎知識やAI技術の活用方法を学び、2年目は実際の現場である事業部に入り、課題に基づいたプロジェクトベースの演習「PBL(Project Based Learning)」を取り入れているのが特徴です。2年間、他の仕事との兼業なしでみっちりと知識を身に付け、現場でのデジタル活用を考えてもらい、AI・IoTを事業開発や技術開発に生かすことができるエキスパートを育てることが狙いです。
2年間の教育を修了した新入社員約300人が既に各部門に配属されていますが、業務改革/改善やAIシステム導入などで少しずつ効果も出始めています。新事業の創出や改善提案で目に見える成果につなげるには、まだ時間が必要ですが、今後に期待しています。
藤本 正樹氏
ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター 主任技師
大藤:「DICT」でしっかり学び、デジタルに精通している人材が現場に入っていくことで、データドリブンで物事を考える組織風土が醸成されつつあることも副次的効果と言えます。既存の事業や常識にとらわれない若手がリーダーになり、後進を育てていくサイクルができてくれば、また新たな価値創出にもつながっていくと考えています。
小林:先の「CRESNECT」然り、「DICT」でも大阪大学と連携するなど、御社のDX推進においては外部連携、“協創”を重視されているのも大きな特徴ではないでしょうか。
徳永:当社で大事にしている概念が、「スピードを重視し、自前主義にこだわらず、他社を半歩、一歩リードすること」。15年、技術のコントロールタワーとしてTICを設立したのも社内外の協創によるイノベーション創出を加速するためです。
大学とは、大阪大学の他、18年には10年間で100億円を投資し東京大学と産学協創協定を結び、グローバルな社会課題の解決に貢献する新たなビジネス創出を目指しています。21年度実績で122件の産学連携、7件の産産連携を実現しています。
空調から空気の時代へ。外部連携で「空気価値」を創造
小林:新事業創出の核として空調バリューチェーン全体で顧客とつながる「オールコネクテッド戦略」も掲げていらっしゃいます。「つながる」ことで目指す価値創造のあり方や、DXの取り組みの展望について教えてください。
植田:先の戦略経営計画「FUSION25」の重点戦略の一つに「顧客とつながるソリューション事業の推進」を掲げ、既に様々なプロジェクトを推進しています。顧客とつながることで得たデータを基に、従来の空調機器販売という“モノ売り”から脱し、どんな新たな「価値」を創造するのか。そこで重視しているテーマの一つが「空気価値の創造」です。
感染症対策や脱炭素への取り組みが加速化し、空気・換気需要が高まる中、当社が培ってきた技術や知見を生かし、新たな商品やサービスの創出、事業化を目指しています。具体的には顧客の多様なニーズに合わせた設備全体のエネルギーマネジメントや、空気の可視化による換気・除菌などIAQ(室内空気質)技術を組み合わせた安全空間の実現といったメニュー提供の他、産学連携で「空気の価値化」を探求し、生み出された技術の社会実装も目指しています。
大藤:これまでは機器やシステムでの環境負荷軽減をうたっていましたが、クラウド上でつながることで、ネットワーク型でエネルギーマネジメントやサーキュラーエコノミーづくりに取り組み、社会貢献につなげていく未来図も描いています。地球規模で社会課題解決を実現する上でも「つながる」ことがますます重要になっていくと考えています。
小林:確かに、一人の生活者として我が身を振り返ると、省エネの必要性は認識しつつも「自分一人が頑張っても」という思考に陥りがちなので、「つながる、可視化される」というのは人々の行動を変える上で非常に重要なポイントと感じます。
事業として社会課題に向き合っていることが、変革ドライバーになるのかもしれませんね
では最後に、日本におけるDXの先駆的企業として、DX推進のポイントについてもご意見、助言をいただけますか。
藤本:私は20年に当社に転職したばかりなので、第三者的視点で当社を見ると、第1にトップの強い意思によるDXへの積極的な投資が挙げられると思います。ダイキン情報技術大学も具体的な成果に向けてはまだ過渡期ですが、100人単位の新入社員を2年間、勉強に専念させる場の創出に大きな投資をする。全社的な取り組みとしては稀有ではないでしょうか。
もう一つが「まずはやってみる」。やってみてから課題を見つけ解決していく、アジャイル的な組織風土があることもポイントだと思います。
徳永:既存事業が好調なうちに、危機感を共有することも重要です。当社の場合は経営トップが健全な危機感を持って、次に来るキーワードを見据え、社員に具体的な行動を促すというサイクルが良い形で回っていることが功奏しているように思います。
大藤:デジタルと事業の両方の視点から進める必要があること、また当社のように事業や地域が多岐にわたる企業においては、横連携が重要だと感じています。全社のDXを推進する立場として、当社に合った連携の形を模索しているところです。
植田:横連携を進める上では、当社の強みである国・地域に根差した“現地化”を活かすべく自由度・多様性への配慮も大事だと考えています。そして、当社の競争力の源泉は何より人。「人を基軸におく経営」を掲げ、トップが決してあきらめることなく、人への投資をはじめ、変革に向けた取り組みを推進してきたのもポイントだと思います。
トップがよく言っているのが、「一流の戦略と二流の実行力より、二流の戦略と一流の実行力」。今後もお客様ほか外部機関と積極的につながりながら、スピード感を持って社会実装を進め、新たなイノベーションにつなげていければと考えています。
電通デジタル's EYE
日本企業の多くが「DX推進における課題」として真っ先に挙げるのは「DX人材・デジタル人材の不足」です。その解決のために「大学と連携して“社内大学”を設立し、新卒社員を100人規模で2年間も学びに専念させる」というのは、まさに経営トップにしかできない意思決定として、改めて凄みを感じます。新卒社員への教育投資は一見遠回りにも思えますが、5年、10年と続ければ「自社生え抜きのDX人材」が1000人単位の厚みを持つことになり、ダイキン工業がこれから加速させていく「事業モデルそのもののDX」の強力な推進力になるものと期待されます。都市のエネルギー消費の大きな割合を占める「空調」という領域で、同社がどのようなソリューションを世に問うて行くのか、引き続き注目していきたいと思います。
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