「顧客基点」を基にブランドを強化していくべくCX戦略を加速させている三井住友海上火災保険(以下、三井住友海上)。電通デジタルが実施する神戸大学経営学部の寄附講義では、新たな顧客体験の創造を目指す同社の取り組みが紹介された。登壇した三井住友海上のCX戦略の先導者である木田浩理氏に、電通デジタルの髙山隼佑氏が講義を行った神戸大学にて改めて話を聞いた。
「日経ビジネス電子版Special」(2023年2月6日公開)に掲載された広告を転載
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CXマーケティングチームの判断軸は「顧客のためになっているか否か」
電通デジタル・髙山隼佑氏(以下、髙山) : 木田さんは、多彩な経歴をお持ちですよね。
三井住友海上・木田浩理氏(以下、木田):キャリアのスタートは、新卒で入社した大手通信会社での営業職でした。ただ、私は面白そうと思ったことは、やってみないと気が済まない性格で、その1年後、政治家の秘書になりました。秘書は私一人で、エリアマーケティングや資金集めなど、すべて自分でやらねばならず、ここでデータ分析の基礎を学びました。
その後、データ分析への興味が深まり、統計解析ツールを販売する外資系企業に営業として転職します。お客様に使い方の提案をするには、自社のツールを深く理解していなければなりません。このツールを突き詰めて勉強していたら、いつの間にかデータサイエンティストになっていました。
このデータサイエンティストのスキルを現場で生かそうと、次に転職したのが老舗百貨店です。全く未知の業界で、婦人服売り場に配属されました。現場で接客をする中で多くのことを学びましたね。また、突然店舗スタッフ100人ぐらいを取りまとめることになり、ここでマネジメントを学べたことも大きな経験でした。
木田 浩理氏
三井住友海上火災保険株式会社 経営企画部部長 兼 CXマーケティングチーム長 CMO(チーフマーケティングオフィサー)
NTT東日本、SPSS/日本IBM、アマゾンジャパン、百貨店、通販企業等を経て2018年に三井住友海上にデータサイエンティストとして入社。21年10月より現職。一般社団法人データサイエンティスト協会前理事。一般社団法人金融データ活用推進協会理事、一般社団法人UXインテリジェンス協会所属。最新著書「ビジネストランスレーター ~データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術」日経BP社より3/6発売予定。
髙山:その後も数社に転職されて、今の三井住友海上に入社したのが、2018年5月です。
木田:三井住友海上のようなトラディショナルな会社を、変えていける面白さがあるのではないかと考えました。最初はデータサイエンティストの組織を立ち上げ、「RisTech(リステック)」と呼ばれる事故や災害などリスクデータの解析で価値を生み出すサービスをリリースしました。その後、当社には顧客基点の強化が必要と思い、社長に進言しまして現在に至ります。今は、データサイエンティストからマーケターになった感じですね。
髙山:そして21年10月、木田さんがリードされる「CX(カスタマー・エクスペリエンス)マーケティングチーム」が立ち上がりました。このチームは、どのような役割を担う構想だったのですか?
木田:このチームでは、あらゆる行動において、顧客基点であることが最優先事項となります。大きな判断軸は「顧客のためになっているか否か」だけです。顧客体験価値の向上戦略に基づき、しっかりとしたブランドの強化を進め、収益につなげていくことが大事だと考えています。
デジタルマーケティングでは、広告やSEOなどから始めて、オフラインとオンラインを併合するOMOのあり方を考えたり、UX(ユーザー・エクスペリエンス)を改善してアクセスや資料請求をどう増やすか考えたりしています。デジタルデータの取得とお客様のUX改善提案を、同時並行して1年やってきて、やっと形になってきたと思っています。
最初は5人でスタートしましたが、今では、強力なメンバーにも入ってもらい、20人ほどのチームになっています。経営層の中でも「CX」や「顧客基点」という言葉が頻繁に交わされるようになりました。
髙山:顧客基点でデータ活用を加速させようということですよね。その重要性を木田さんが訴えるのは、これまでのキャリアの経験があるからですよね。
髙山 隼佑
株式会社電通デジタル ビジネストランスフォーメーション部門 部門長補佐
2007年電通デジタルの前身、電通イーマーケティングワン入社。12~15年に電通へ営業兼デジタル担当として出向。20年より現職。幅広いデジタルマーケティング領域の経験を基にDX/CX組織の立ち上げ支援、マーケティング戦略、アジャイルによる施策の実施、検証等を行う。企業の社内研修講師や、早稲田大学、神戸大学、大阪大学にて招聘講師、非常勤講師として登壇。
木田:顧客基点で考えていかなければ、すべてのマーケティング施策は意味がないと思っています。マーケティングのないデータ分析は意味がないですし、データ分析のないマーケティングも意味がありません。この二つが合わさって初めて中身が伴うのです。
損害保険業界で差別化していくためには、機能や価格もそうですが、とくにCXこそが重要なのだというのが我々のチームの考えです。
地道なマーケティング施策が成果を出し、潮目が変わる
髙山:業界ならではの課題として、どうしても代理店が中心になりがちで、代理店の先にいる顧客を考える風土はあまりなかったですよね。
木田:最初はその隔たりは大きかったです。私どものビジネスモデルは代理店と連携したビジネスであり、これまでは実際に契約いただくお客様の顔まで見えていませんでした。BtoBtoCであるけれども、この「C」の皆様に我々を好きになってもらうことが、代理店のためにもなる。だからCXが必要だと粘り強く訴え続けました。
髙山:とはいえ、長く根付いていたビジネスの考え方を変えていくことは、かなりのご苦労があったかと思います。潮目が変わったきっかけは何だったのでしょうか?
木田:電通デジタルさんと一緒に取り組んできたカスタマージャーニーに基づいた戦略策定や、地道なSEO対策・コンテンツマーケティングの成果が、22年の夏ごろに表れ始めました。こうした施策は、成果が見えるまでに時間がかかりますよね。また、これまでやっていなかったABテストを通じたUI/UXの改善なども効果が出てきました。
自社サイトへの流入数は1.5倍となり、資料請求も2〜3倍に増えました。また、コンテンツサイトへのアクセスは10倍にもなったのです。こうした数字をファクトとして経営陣に示せたのが大きかったですね。
また社員のマーケティング研修も、実を結び始めたのだと思います。営業担当者を中心に、ラーニングアプリを活用して8カ月間みっちりマーケティングを学習してもらったり、外部講師をお呼びして最新のマーケティング講義を実施したりしました。
髙山:私も外部講師としてマーケティング研修、CX研修で登壇させていただきました。ワークショップもやらせてもらいましたね。印象的だったのは、営業所の方とカスタマージャーニーを一緒に作っていたとき、現場はちゃんとお客様のことを深く考えていると感じたことです。現場には強い思いがあることが分かり、もっと支援させていただきたいという思いになりました。
木田:髙山さんとの出会いは、私のチームのあるメンバーが、元電通デジタル出身で、髙山さんと一緒に働いていたということで紹介してもらったのがきっかけですよね。信頼するメンバーの紹介であれば、間違いないと思い話をしてみると、本当に親身になって考えてくれたのが、今でも心に残っています。
髙山:我々も常々、顧客基点を重視しているのですが、木田さんの話も全く同じでした。思想がすごく合って、これは絶対にお手伝いできると思いました。
木田:私の根底にある考えは、暗黙知を形式知化する「SECIモデル」(個人が暗黙的に蓄積した知識や経験を組織全体で共有して形式知化し、新たな発見を得るための知の創造プロセス)のサイクルをいかに回すかということです。でもこれは、信頼関係で人がつながっていないと、うまく回りません。今のチームメンバーの選定基準もそこにあるのですが、それと同じ信頼関係が電通デジタルさんと作れているのが、かなり大きいですね。
髙山:とはいえ、当初の木田さんのご苦労は大変なものでした。あれは、かなり胃が痛かっただろうと思います。木田さんが矢面に立って、CXを社内に浸透させようとしているのを、どこまで支えられるかが、我々の最初のミッションだったと思います。
木田:おかげさまで、チームで対応すべき領域がかなり幅広くなってきました。当社は海外にも展開しており、とくにASEAN地域に強みを持っています。今後はアジア全体のグローバルマーケティングの支援もしていかなければなりません。ここでも電通デジタルさんの力をお借りできればと思っています。
髙山:ASEANのマーケットポテンシャルを検討した際は我々もお手伝いさせていただきました。この神戸大学の講義では当社のグローバルビジネス部門のメンバーも登壇します。海外の案件も増えてきていますので、今後もぜひご一緒させてください。
CDPで顧客の解像度を上げ、より精度の高い提案を実現
髙山::CDP(Customer Data Platform:カスタマー・データ・プラットフォーム)のタスクフォースが立ち上がった際も、すごく早かったですね。
木田:電通デジタルの小林大介副社長に、CDPの価値について講演いただいて、当社の部長クラス全員がその重要性をすぐに理解しました。もうこれはすぐにでもやらなければいけないと。第1回のタスクフォースには役員も参加し、CDPの構築が当社の最重要ミッションだと宣言しました。
髙山:これまで種をまいてきて、その土壌ができていたからこそですよね。
木田:ぶれない判断軸が会社の中にできたと思っています。お客様の考えをまねるのではなく、お客様が見ている風景を一緒に見ることこそが顧客基点です。この考えが、共通言語化されてきました。ここでいよいよCDPが生きてくると思っています。
髙山:CDPによって、お客様を理解する解像度が格段に上がりますね。
木田:昔は、画一的なざっくりとしたセグメントしか分からなかったのですが、今はN1に近いところまで分析できるデータが入ってきています。ただ、個人を突き詰めればいいという話でもなく、セグメントも大事でそのバランスを取らないとダメです。また、データばかり見ているとそちらに引っ張られてしまうので、リアルのお客様もきちんと見なければなりません。そして、データのどんな変数が効くのか効かないのかの取捨選択をしていくことが、データサイエンティストの勘所だと思います。
百貨店時代には、POSデータを見るとお客様の顔が浮かんでくるぐらい、お客様を見てきました。その経験が今に生きていますね。
髙山:私も、データとCXはセットだと考えています。ただ、どうしてもデータはIT部門、CXはマーケティング部門と分けてしまいがちです。木田さんのチームはどちらのスキルもお持ちなので最適な組織設計だと感じます。
木田:CDPによって、お客様の様々なデータがつながって、今までできなかったような分析がリアルタイムでできるようになります。また、マーケティング施策を打った際の効果検証もできるようになるでしょう。それに応じて、コンテンツをどうするか、広告の最適化も可能になり、できることがどんどん広がっていくと考えています。
代理店にもそうした分析結果を共有することで、お客様に、より精度の高い新たな提案ができるようになるでしょう。そして、そこで得たデータをまたCDPに蓄積し分析していく。こうしたサイクルを作っていくことが目標です。
髙山:電通デジタルもCDPのタスクフォースの運営をはじめ、コンテンツ作りや、マーケティング施策の支援をしながら、CDPの活用を全面的にサポートしていきます。
木田:電通デジタルさんのコンサルタントという立場を超えた「寄り添い力」には本当に感動しています。コンテンツだ、UXだ、CDPだ、海外だといろいろボールを投げていますが、全部拾ってくださる。これが髙山さんのチームの本当に信頼できるところです。髙山さんをコンサルタントとして見たことは一度もなく、共に考えてくれる仲間だと思っています。
髙山:ありがたいです。我々も支援をする上で、木田さんのチームにいかに結果を出していただくかが重要だと考えています。いろいろな施策を打ってその結果が出ることで、改革が進み、変化も起きやすくなるでしょう。そこにコミットしていきたいです。
木田さんのような方が、トラディショナルな日本企業にいてくださるのは、とても大事なことです。変革には膨大なエネルギーが必要ですが、日本企業が変わっていくことで、ひいては日本全体も良くなっていく。そのためにも、変革に立ち向かう企業をご支援していきたいと思います。
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