2023.02.22

顧客視点で価値を創造できる人材を育成する サントリーが考える、DX人材に必要なスキルとは

電通デジタルは2022年4月より、デジタルトランスフォーメーション(DX)をテーマとして、大学生に向けた寄附講義を開設している。今回は、神戸大学経営学部にサントリーホールディングスのデジタル本部長である室元隆志氏を招き、同社におけるDXの考え方やデジタル人材育成の取り組みについて語ってもらった。ファシリテーターとして、電通デジタルの小浪宏信氏が登壇。そのレポートをお届けする。

上海での危機感。社会課題の解決で価値を変革する

サントリーホールディングス(以下、サントリー)の創業は1899年。もともと、葡萄酒の製造販売からスタートした。その後も、日本初のウイスキー開発やビール事業への進出など、チャレンジを是とする社風があり、創業者の鳥井信治郎氏が語ったという「やってみなはれ」精神は多くの人が知るところだろう。

そんなサントリーにおいて、DXへの取り組みはどのように始まったのだろうか。同社のデジタル本部長、室元隆志氏は、2017年に訪れた中国・上海での体験が衝撃だったと語る。「上海では、当時からモバイルペイメントがほぼ100%でした。また、シェアバイクがかなり発達しており、自転車を個人で買うという発想がなくなっていたのです。自転車メーカーは、サービス提供企業にPB商品を供給するだけの企業になっていたのを目の当たりにし、我々もメーカーとして、強い危機感を覚えました」。

室元 隆志氏
サントリーホールディングス株式会社 執行役員 デジタル本部長
1988年サントリーホールディングス入社。宣伝部、営業を経て2000年よりデジタルマーケティングに従事。サントリーホームページの立ち上げ、基盤整備、EC、ブランドなどのデジタルマーケティングなどを手掛けてきた。長年、デジタル人材の育成にも注力している。

こうして、サントリーのDXへの取り組みが本格化していく。同社ではDXを3つの視点で捉えているという。1つが「社内の視点」。スマートファクトリーや工場の見える化など、いかに効率良く製品を作れるかという「作り方の変革」だ。次が「顧客の視点」。顧客データを起点としたモノ・コトづくりで「売り方の変革」を進める。そして最後が「社会の視点」だ。社会課題を解決することで「価値の変革」を目指す。

「これまでは、お客様のニーズに合わせて価値を生み出そうとしてきましたが、それだけではこれからは生き残っていけないだろうと思いました。上海のシェアバイクも『移動の不便さ』という社会課題を解決したものです。社内、お客様に対する変革はもちろん進めますが、社会課題をデジタルで解決することで、お客様に価値を提供することにもチャレンジしていきたい」と室元氏は語る。

こうしたデジタル変革を進める中で生まれたのが、飲み切りサイズの缶ワイン「ONE WINE(ワンワイン)」だ。ワインは好きだけれどボトルでは飲み切れないという顧客の課題に着目した。売り方にも新たな手法を取り入れた。これまでのように大量のプロモーションをし、何千もの小売店にお願いして製品を並べてもらうのではなく、まずはECのみで販売することにした。「その販売データを解析し、訴求方法を改善させた結果、Amazonのワインカテゴリーでランキング1位を取ることができました。さらには、小売店から取り扱いのお願いされるという現象まで起きたのです」と室元氏。

その他にも、生活習慣病の改善を目指し、健康飲料を扱う自動販売機と健康アプリを連動させた「SUNTORY+(サントリープラス)」や、就活生の悩みに対して、サントリーの先輩社員が相談に乗る「サントリー先輩」など、社会課題への取り組みから生まれたサービスを次々と立ち上げている。

電通デジタル CXトランスフォーメーション部門 部門長の小浪宏信氏は、「こうしたサービスを継続して利用してもらうことでデータが生まれ、そのデータを顧客体験の改善にきちんと還元していく。このサイクルを回すことがDXの本質だと思います」と指摘する。


成長意欲の角度を急激に上げて、DX人材を育成

サントリーでは、DX人材の育成にも力を入れる。室元氏が重視するのは、上海で感じた強烈な危機感を、社員にも感じてもらうことだ。「毎年、20人ほどのメンバーを上海に連れて行き、現実を見せています。世界のレベルを知ることで、我々はもっと高いところを目指さないといけないと気づき、帰国後は目の色を変えて業務に携わるようになっています」と室元氏は話す。

室元氏は、デジタル人材を育成するために必要な要素として、次の3つを挙げる。1つ目が「成長意欲の喚起と意識の変革(Why)」、2つ目が「目指す姿/目標設定(What)」、3つ目が「目標に到達する手段(How)」だ。

「一番大事なのは、成長意欲の喚起。上海を見れば、それなりの成長ではダメだと分かります。成長意欲の角度を急激に上げることができれば、後はなんとでもなるという考えです」(室元氏)。そして、自分なりのあるべき姿を設定し、そのギャップを埋めるために何をすべきかを考えて実践すれば、人は成長していくという。

サントリーでは、デジタル人材を次の3種類に分けて考えている。顧客起点でデジタルマーケティングができる「デジタルマーケ人材」、システムやアプリの構築運用ができる「IT人材」、そして、データ分析を価値に変えられる「データ人材」だ。「しかしイノベーションを起こすためには、ビジネスを分かっていて、その変革のためにデジタルの力をつけていくという考え方が大切です。そうしたイノベーション人材をいかに発掘して育てていくかが今後の課題だと思います」(室元氏)。

顧客起点でデジタルマーケティングができる「デジタルマーケ人材」、システムやアプリの構築運用ができる「IT人材」、そして、データ分析を価値に変えられる「データ人材」の3種類に分けてデジタル人材を考える
Zoom

こうした人材を育てるため、「ビジネススキル」「デジタルスキル」の他に、多様な人の意見を傾聴できるような「ヒューマンスキル」を学ぶ研修を用意する。このような基本的なスキルを獲得した後、さらに、デジタル人材のリーダーになるためには、どのようなスキルが求められるのだろうか。室元氏は「デジタルの基本フレームワーク」「デジタルの専門知識・ノウハウ」「目的思考・論点思考」の3つを挙げる。

「デジタルには、店頭のマーケティングとは違う掟がある。その基本的なフレームワークを理解することが大切です。次は当たり前ですが、デジタルの専門知識やノウハウは知っておく必要がある。そして最後に一番大事なのが、目的思考や論点思考がきちんとできることです。今の仕事は、1つの部門で完結するものはない。多くの部門のメンバーが関わる中で、何が課題で何を解決すべきなのかという目的を理解して議論しないと、物事は前に進まないと思います。多くの日本企業がなかなか前に進めない原因はここにあるのではないでしょうか」(室元氏)。

室元氏は、これまで22年もの長い間、デジタルの仕事に携わってきた。その中で、何が自分を成長させてきたと考えているのだろうか。「先ほどの目的思考、論点思考の他に、戦略思考を強く意識してきました。山のように仕事がある中で、何を大事にして絞り込むかという戦略を考えることがとても大切です。そして、とりあえずやってみること。やってみないと分からないことはたくさんあります。最後が、程良い休息。四六時中、仕事を考えていた時期もありましたが、行き詰まるときもある。良い休息を取った瞬間、ブレークスルーできた経験が多くあります」(室元氏)。


領域を超えて自分を拡張できるような人材が求められる

電通デジタルでは、デジタル組織に求められるコミットメントとして、次の3つを定義する。1つが、サービスやプロダクトを通して「ビジネスインパクト」にコミットすること。次が、より良いサービスの利用体験を構築して「利用者の満足度」にコミットすること。最後が、テクノロジーやデータを活用し「プロジェクトの実現性」にコミットすることだ。

「これらのそれぞれに強みを持つ人材を育成することはもちろん大切です。しかし、今の時代は、専門性の違う人と一緒に働くことが当たり前となっています。このため、自身が保有しない専門性には興味と敬意を持って接することができ、さらに自らの領域を超えて、自分を拡張できるような人材の育成が求められています」と小浪氏は語る。

小浪 宏信
株式会社電通デジタル CXトランスフォーメーション部門 部門長
1998年に電通国際情報サービス入社後、2002年に電通イーマーケティングワン(現電通デジタル)の立ち上げメンバーとして参画。20年、顧客体験変革を起点としたDX推進をミッションとするCXトランスフォーメーション部門を立ち上げ、組織開発や専門人材育成等をテーマとしたプロジェクトの計画・推進をメインで担当。一般社団法人UXインテリジェンス協会 副事務局長。
※2022年12月時点

こうした考えの下、今回、電通デジタルとサントリーは共同で、顧客視点で価値を創出できる人材を育成するプロジェクトを実施した。その取り組みについて、小浪氏は次のように説明する。「通常は電通デジタル側でチームを作って、サービス開発を受託し納品するやり方が一般的ですが、今回は、そのチームにサントリーさんのメンバーにも同列で入ってもらうような形でプロジェクトを進めていきました」。

顧客のペインポイント(悩みの種)を理解し、体験を可視化して課題の仮説を検証する。その後、課題を解決するアイデア出しからプロトタイプを開発し、施策を検証。最後に必要最小限のコア機能を開発、テストするMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)の検証までを実践していくプロセスを電通デジタルでは採用している。「仮説と検証を繰り返し、徐々にユーザー体験に落とし込んでいく作業の重要性を理解してもらえたと思います」と小浪氏。

 

また、電通デジタル側で、必要なスキルを網羅したチェックシートを用意し、研修を受ける前と受けた後で、どのようなスキルを体得できたか確認できるようにした。室元氏は、今回の研修を次のように評価する。「実はこの研修を受けたメンバーが、先ほど紹介した『ONE WINE』の主要メンバーです。事業を市場から見るのではなく、顧客のペインポイントを構造化してそれを企画・開発する。それをアジャイルで実践できるようになったと思います」。

サントリーとの取り組みでは、最初に顧客のペインポイントを理解し、体験を可視化して課題を検証した。その後、アイデア出しからプロトタイプの開発といった施策の検証をし、最後に必要最小限のコア機能の開発、テストまでのMVP(Minimum Viable Product)検証を実践した

企業で、CX(顧客体験)を起点とした事業変革を成功させるためには、執行役員や事業部長などのハイレベルなミドルマネジメント層がリーダーシップを発揮することが重要だと小浪氏は指摘する。しかし、現実には、上層部をどう説得するか、チームをどうまとめるかなど、悩みは尽きないだろう。室元氏はどう乗り越えたのだろうか。

「これが一番難しい。企業を動かすには、やはり実績を示すしかない。デジタルによって、見え方や売り方は変わる。14年当時、我々の現実のシェアは3位だったが、Amazonでの販売で、売り方のフレームワークを変えたところ、6カ月でシェア1位になった。デジタルの土俵で勝てると示すことができたのです。こうした実績を積み重ね、一つひとつ説得していくことが大切だと思います」(室元氏)。

室元氏は、仕事が多忙にもかかわらず、趣味の登山や燻製作りを追求し、自身の趣味に関する本を何冊も出版している。本を出したいという、かねてからの夢を実現したのだ。こうした経験も踏まえ、最後に学生たちにエールを送った。「『考えは言葉となり、言葉は行動となり、行動は習慣となり、習慣は人格となり、人格が運命となる』。若手社員の頃、上司に教えてもらった言葉です。この通りに実践してきて、今の自分があるとしみじみ感じています。ぜひ、この言葉を覚えて帰ってもらいたいです」。

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