杉本 Kaggleへの挑戦という経験は、これらの取り組みにどのくらい影響しているのでしょうか?
石川 かなり大きな影響があると思います。Kaggleに何度も参加することで、トライアンドエラーを繰り返してモデルの精度を上げるという行為が習慣づきます。それが実務でもものすごく役立っていると実感しています。
村田 Kaggleに挑戦することで、トライアンドエラーの速度が上がるので、実務においてもかなり実装が早くなった実感があります。「CXAI」は、Kaggleで学んだ手法を取り入れて作っていますが、狙いどおり大幅に予測精度が上がりました。プロダクトの精度向上の面でも、大きな影響があると思います。
杉本 Kaggleで求められるトライアンドエラーとは、どのような感じなんでしょうか?
村田 Kaggleの場合、いろいろな手法を試してたくさん失敗したとしても、有効な手法を1つでも見つけることができればスコアが改善します。つまり、たくさん失敗しながらうまくいくものを見つけるという姿勢で取り組むことがとても重要です。
杉本 トライアンドエラーを繰り返すことができる環境であったり、最新の課題に触れられたりするという意味で、Kaggleは最適な鍛錬の場なのですね。
村田 はい。大変ではあるんですけど、楽しく鍛えられています。
石川 私は、社内の別の部署の人から相談される案件に関して、ゴールまでの見極めがつくのが早くなりました。デジタルの会社とはいえ、社員全員がAI に詳しいわけではないので、相談内容が漠然としていることもあります。Kaggleでさまざまな種類のデータやアルゴリズムを扱ってきたことで、事前に用意されたデータ量から判断できることが非常に増えたと思います。
杉本 Kaggleのコンペには、どのくらいの時間を費やしているのでしょうか?
石川 コンペによってまちまちです。全力で取り組むコンペの場合、1日8時間で3カ月間取り組むので、単純計算で720 時間ぐらいは費やしているかもしれません。今年5月に参加して優勝したコンペ[7]では、その日の業務が終わった後、プライベートで毎日のように夜中まで 2人でコードリーディングして、仮眠をとって朝起きてまたやり取りして、を繰り返していました。
杉本 そこまでやりこむと仕事に影響も出るのでは?とも思いますが、電通デジタルではKaggleへの取り組みは、どのような扱いなのでしょうか?
石川 AI技術の進歩は本当に早いので、1年でも勉強を怠るとついていけなくなるという危機感が強くあって、2018年の入社時、会社に在籍したままKaggleに参加できる制度を作ってもらいました。現在は、エンジニアがKaggleに挑戦することは会社にとっても利益があるということで、配慮してもらえる仕組みになっています。ただ、あくまでも業務が最優先なのは当然です。私自身もここ3カ月ほどはKaggleに参加できていません。
杉本 電通デジタルがAIエンジニアの採用や、社員のスキルアップのために取り組んでいることはありますか?
石川 今年は、電通、電通デジタル、電通国際情報サービス(ISID)の3社合同で人工知能学会(JSAI2022)に出展して論文を発表したり、自社のソリューションを出展したりしました。また、電通グループ横断で、週1回~月1回の頻度で論文の輪読会を開催し、AIに詳しい人や興味がある人が集まってディスカッションしています。最新情報に留まらない幅広い知見を得ることが、クリエイティブにとって非常に大事なことだと思っているので、こういう機会を作ってもらえるのはとてもありがたいです。
杉本 ビジネスの場にはAIに詳しくない人もいます。そういった人とコミュニケーションをとってビジネスを進めていくために心がけていることがあれば教えてください。
石川 ディープラーニング(深層学習)の領域は、突き詰めていくほどに人間がハンドリングしきれないことがたくさん出てきます。例えば、近年AI導入が期待されている領域に医療がありますが、AIが診断して誤診が発生したら誰が責任をとるのか。AIが車の自動運転をして起こした事故のリスクをどう捉えるか。AI導入・活用については、メリットとリスクを提示しながら、コミュニケーションしています。
とはいえ、何事も新しいことへのチャレンジにトライアンドエラーは欠かせません。リスクケアを踏まえつつ、関係者全員で話し合いを積み重ねながら進めていくことが大事だと思います。
村田 私も、AI の使い方に関する共通理解に関しては、かなり気をつかっています。例えば、「CXAI」は、バナーの良し悪しを「80%の確率で良い」「20%の確率で悪い」のように確率で提示しますが、人によってはそれを「AIが”いい”と言っている」「AIに”ダメ”だと言われた」と単純化して絶対視してしまう。そうではなく、傾向を確率で提示しているだけということを理解して使ってもらえるように、説明はかなり丁寧に意識して行っています。