2022.11.08

「マーケティング5.0」が提唱する人間中心のマーケティングとは

#DX

フィリップ・コトラー氏が提唱する「マーケティング5.0」では、データドリブンのマーケティングの重要性を説いている。5.0になることでマーケティングをどのように進化させるべきなのだろうか。その真意について、書籍を監訳した早稲田大学教授の恩藏直人氏に、電通デジタルの大木真吾氏が聞いた。

「日経ビジネス電子版Special」(2022年10月11日公開)に掲載された広告を転載   
禁無断転載©日経BP 

データドリブンが当たり前の時代、「顧客中心」から「人間中心」へ

電通デジタル・大木真吾氏(以下、大木)恩藏先生とは、産学協働プロジェクトでここ数年ご一緒していまして、そのご縁で本日の対談がかないました。ありがとうございます。まずおうかがいしたいのが、先生が日本語版の監訳をされたフィリップ・コトラー氏が提唱する「マーケティング5.0」についてです。その前のマーケティング3.0、4.0も踏まえ、どのようにマーケティングが進化してきたとお考えでしょうか?

早稲田大学教授・恩藏直人氏(以下、恩藏)ここ10年で、マーケティング3.0、4.0、5.0とコトラーは提唱してきたわけですが、この流れは、マーケティングだけではなくて、世の中全体のステージがガラッと変わってきていることを説明しようとしているのだと理解しています。近代マーケティングが体系化されたのは1960年代で、その代表的な書籍として、67年に出版されたコトラーの『マーケティング・マネジメント』があります。その後、80年代の戦略的マーケティング論や90年代後半のブランド・エクイティ論などが打ち出されるなど、マーケティングは変遷してきました。しかし、この10年の変化は、マーケティングそのものの進化とともに、守備範囲の広がりも説明するようになっていると感じます。

 マーケティング5.0には5つの柱があります。まず1つ目が「データドリブン」です。データがないと何も始まらない、データに基づいてマーケティングに取り組まないといけないということです。そして、この後に3つの実践があります。データを分析して結果を予測する「予測マーケティング」、文脈に合ったデジタル体験を現実世界に持ち込む「コンテクスチュアル・マーケティング」、マーケターの価値提供能力を拡張する「拡張マーケティング」の3つです。そして最後が、これらをただ実践するだけではなくて、「アジャイル(素早く俊敏に)」に押し進めなくてはならないというのが、マーケティング5.0全体の趣旨です。

データドリブンをベースとして、「予測マーケティング」、「コンテクスチュアル・マーケティング」、「拡張マーケティング」を実践する。そして、これらを単に実践するだけでなく、アジャイルに推進するべきだというのが、マーケティング5.0全体の趣旨である
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 データがあっても、それがシステマティックに統合されていなければならない。さらには、それを分析可能な状態まで持っていかないといけません。データドリブンのマーケティングをどう展開していくかが重要になってくるわけです。

大木 以前は「顧客中心や消費者志向」という言葉でしたが、5.0では「人間中心」という言葉が強調されています。より広義に生活全般を捉えているように感じました。単にテクノロジーありきでなく、人間の生活を良くするために、どうテクノロジーを使うかがとても大切だと理解しました。

恩藏 確かに、4.0はカスタマージャーニーが中心でした。ところが、5.0はテクノロジーを使う企業側の視点が強い。顧客だけでなく、働く側の人たちも全部入ってくるので「人間中心」なんですね。もっと言うと、最近はロボットと人間の共存のような話題も注目されています。「ヒューマン(人間)」とは何かという概念を考えざるを得ません。

恩藏 直人氏
早稲田大学 商学学術院教授 博士(商学)
早稲田大学商学部卒業、同商学部助教授等を経て1996年教授。商学部長、商学学術院長、常任理事などを歴任。博士(商学)。専門はマーケティング戦略。マーケティングに関する多数の単著・共著の他、フィリップ・コトラー氏やケビン・レーン・ケラー氏らの著作に関する翻訳プロジェクトの多くを統括する。

大木 我々のクライアント企業様からいただく声で多いのは、人間中心のマーケティングを志向していく上で、データをハブとした組織づくりの課題意識です。とある打ち合わせでは、「全員が腹落ちするマーケティングの文化づくりをしたい」というコメントがありました。「モノからコト」へと一般的に言われている中、現場がモノ売りの発想から抜けるのはそう簡単ではありません。電通デジタルでは、データドリブン環境を構築し分析からビジネスの可視化ができる方と、事業に貢献する戦略を描ける方が正しく活躍できるマーケティング組織作りのお手伝いができないかと日々考えています。

恩藏 アメリカのビジネススクールの博士コースでは、心理学や社会学をベースにマーケティングを学ぶのか、機械学習やAIなどの数学や経済学をベースにマーケティングを学ぶのかで、コースが大きく分かれています。この両方ができれば理想ですが、最先端の研究活動として専門性を追求するとなると、特化せざるを得ないのです。では、日本はどうなっているかというと、明確に分かれていない。守備範囲が広いことは悪くはありませんが、専門性が低いと先端部分の競争でどうしても遅れてしまう。ビジネスの世界でも同じようなことが起きているようです。企業におけるAIの導入状況を調べたある調査で、主要7カ国の中で日本が最下位だったのはショックでした。我々は本当に危機感を持たなければならないと思います。


データ活用を自分ごと化する。教育を軸に課題解決

大木 日本のデータ活用は遅れている部分もあろうかと思いますが、今後、どのように対応していけばいいとお考えでしょうか?

恩藏 私たちができる解決策としては、やはり研究と教育ですよね。大学によっては、データサイエンティストを育成する学部や学科を立ち上げているところもありますが、早稲田大学はそれを取りませんでした。「データ科学センター」という組織を作り、すべての学部生がデータ科学を学べるようにしたのです。学部教育の目的は、最先端の研究に取り組む研究者育成ではありません。経済やビジネスなどの専門を持ちながら、全ての学生がデータリテラシーを持てるようにしようという教育を目指しています。

 今日、日本企業によるデータ活用が非常に遅れていることは間違いありません。自社の立ち位置をきちんと認識して、あらゆる業界でデータ活用を自分ごと化する必要があると思います。

大木 データ活用のどのステージに位置しているかによって、おのずと電通デジタルに相談いただく内容は変わってきます。データ活用の先進企業でも、個別最適な小さな成果にとどまり、どのようにすれば事業に強いインパクトを与えるかという点で悩みを抱える企業も少なくありません。しかし、それで「データ活用は成果が出ない」で終わってしまったらもったいないと思います。データの分析結果から人間中心のマーケティングを高度化し、ひいては事業成長につなげる。それを、我々は企業様と一緒にひも解いていきたい、と強い覚悟を持っています。

 また教育の面でも、2022年4月より早稲田大学、大阪大学、神戸大学の3大学において「デジタルトランスフォーメーション(DX)」をテーマとした寄附講座をしています。もっと産学が連携して、一体的に今の課題に立ち向かっていく必要がありますね。

大木 真吾
株式会社電通デジタル トランスフォーメーションリードルーム エグゼクティブトランスフォーメーションディレクター
2005年に31歳で大手広告代理店グループに参加。データマーケティングやCRM領域の戦略策定・施策立案・分析支援などを担当。エグゼクティブデータマーケティングディレクターとして100を優に超える多彩なプロジェクトをけん引・参加してきた。22年より電通デジタルに移籍。

恩藏 今、ある企業とお掃除ロボットに関する研究をしています。もともとは省力化を目指して始まったのですが、ロボットを擬人化したりペット化したりすると、子どもが喜んでくれたり、導入した店舗のイメージが変わったりと、いろんな新しい価値が生まれています。販促ツールとして映像を流してもいいかもしれません。さらには、掃除完了データを自動で記録すればDX化も実現できます。そうなってくると、単なるお掃除ロボットとして扱えなくなってきます。

 この事例のように、テクノロジーの可能性を様々なレベルに広げていく支援を電通デジタルには期待しています。

大木 ありがとうございます。人間中心のテクノロジー活用の大切さを思い知らされます。当社にも、例えば「リアル接点のデジタル体験の強化」や「健康・栄養データを用い、日々の寄り添い型サービスの実現」等、多彩なご相談をいただきます。先生の事例もそうですが、共通しているのは「顧客のうれしい感情や求める状態をいかに実現するか」に尽きると思います。


データを顧客に還元することで、人間中心のマーケティングを目指す

大木 「マーケティング5.0」の実現を目指す企業に向けたメッセージを、ぜひ恩藏先生からお願いします。

恩藏 私は、マーケティング研究の世界で30年を超えて取り組んできていますが、これまでに研究のステージを3、4回は変えています。2000年以前のマーケティングと今のマーケティングでは全然違うものになっているので、自分自身の研究も進化させていかないと、全く付いていけなくなってしまいます。

 企業の皆さんにも、世の中の動きに対しての情報に目を向けてほしいと思います。例えば営業でも、様々なデジタルツールが入ってきて、昔の営業とは数段違うものになってきているはずです。時代にキャッチアップして、有効なツールを使いこなし、パフォーマンスを上げていってほしいと思います。

 私が監訳した『コトラーのマーケティング5.0 デジタル・テクノロジー時代の革新戦略』はそういった新しい時代のマーケティングのあり方を示した本です。この本を読みながら、世の中の動きを感じ取ってもらえれば幸いです。改めて自分の立ち位置を確認し、データ活用を自分ごと化することが大切だと思います。

大木 電通デジタルは22年5月に「トランスフォーメーションリードルーム」というチームを立ち上げました。当社のトランスフォーメーション領域の専門部門を横断してリードしていく役割を担っています。企業のいろいろなお困りごとに対し、データを活用した人間中心のマーケティングに導くため、様々な方と取り組む場にしていきたいと考えています。

全社的な企業課題に寄り添い、解決に邁進するべく、電通デジタルの専門集団を束ね・リードする専門チーム。トランスフォーメーションディレクターが在籍する
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 データは企業のものというよりは、顧客のもの。つまり顧客に還元しないといけません。データをどう事業成長に貢献させていくのか? 最適解を見いだす伴走役として、当社の存在価値をも高めていく所存です。

本日はありがとうございました。 

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