2022.10.24

今、必要なマーケティング変革

~顧客中心のDXによって社会や生活者とつながり続ける方法~

近年、マーケティングでもDXが注目されています。しかし、目的が曖昧な状態でDXを実施したことで、顧客不在のデジタル化に陥ってしまう失敗も起こりがちです。

2022年10月、マーケティング・リサーチ会社のインテージ主催によるオンラインイベント「INTAGE FORUM 2022」が開催されました[1]

2日目に行われたセッションには、博報堂 宮澤正憲氏、Twitter Japan 橋本昇平氏とともに電通デジタル 田中信哉が登壇。顧客起点のマーケティングDXが目指す世界と、その実現方法について、インテージ 高山佳子氏がファシリテータを務める中、熱い議論が交わされました。本記事ではその内容をレポートします。

マーケティング課題の変化

日本では経済の低成長が長期化し、さらにこれから人口減少期に入ります。企業・ブランドは持続的な成長と新規市場開拓へのチャレンジを重視し、売り上げ以上に利益を重視するように変化してきました。

一方で、生活の急速なデジタル化に伴い、生活者との接点はSNSを中心に多様化・双方向化するなど、こちらも非常に激しく変化しています。

こうした変化を受けて、マーケティングは企業主体から顧客中心へ、より顧客の嗜好に応える方向へ変化してきましたが、企業からは「本当に利益が出るのか」「競合他社と同質化してしまうのでは」「自社の顧客だけを見ていては縮小するだけでは」といった疑問の声も上がり始めています。

「持続的な成長や市場創造のために、マーケティングはどうあるべきでしょうか? 今、マーケティングに必要な変革のポイントは何なのでしょうか?」

この高山氏の問いかけからセッションがスタートしました。

株式会社インテージ
取締役執行役員
事業開発本部 本部長
高山佳子氏
1992年、株式会社社会調査研究所(現・株式会社インテージ)入社。リサーチャーとして幅広い業界の顧客課題解決に当たった後、研究開発部門にてブランディング関連のリサーチソリューション開発やデータビジネス開発を担う。現在は、株式会社インテージの事業開発部門責任者として、お客様の業界課題解決に取り組む。


今、マーケティングに必要な変革の3つの力点

宮澤氏は、マーケティング変革において、特に重要だと考える3つの力点を紹介しました。

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1つ目は、「機能価値から、社会価値へ」です。社会全体や生活がデジタル化によって大きく急変し、目的、意義、パーパスが問われる時代になっています。「その商品やサービスは本当に必要なのか、社会にとってどのような価値があるのか、マーケティングのウェイトも、機能価値の差異化から社会価値へ変化しなくてはなりません」と、宮澤氏は社会の変化をただ黙って見ているのではなく、企業自身もその変化に合わせて自社の存在意義を見つめ直し、意識変革することが重要だと強調します。

2つ目は、「消費から、参加へ」です。デジタルの浸透により、産業のサービス化が非常に進んでいます。マーケティングでは、生活者が商品を購入するまでの一連のモデル行動を「ファネル」で表します。従来のファネルでは「購入」がゴールでしたが、サービスモデルでは購入は始まりに過ぎず、使い続けてもらうことがゴールになります。「生活者の行動を消費という概念ではなく、ブランドや企業に参加し続ける参加者と捉えていかないと、これからのマーケティングは難しくなると考えています」と、ここでも企業の意識変革の必要性を訴えました。

3つ目は、「話し上手から、聞き上手へ」です。「従来のマーケティングコミュニケーションは、ブランドが一方的にメッセージを伝える話し上手型が多かった」と宮澤氏。しかし、生活者自身がSNS等でさまざまな発信をするようになった現在では、まず生活者の声を聞く、聞き上手でないと、生活者とのコミュニケーションが成り立たなくなっています。「一般にコミュニケーションの上手な人は、話し上手ではなく、聞き上手というイメージです。企業と生活者とのコミュニケーションも、本来の双方向コミュニケーションに近づいているといえるのかもしれません」と説明し、大きな変化の中にあることを改めて強調しました。

株式会社博報堂
ブランド・イノベーションデザイン局 局長
宮澤正憲氏
株式会社博報堂入社後、マーケティング局にて多様な業種の企画立案業務に従事。米国ノースウエスタン大学(MBA)卒業後、次世代型コンサルティング組織である「博報堂ブランド・イノベーションデザイン」を立ち上げ、ブランド領域を核に、経営事業戦略から組織、サービス開発までの多彩なビジネス領域において実務コンサルテーションを行っている。同時に、東京大学にて共創型授業「ブランドデザインスタジオ」を運営する等、高等教育とビジネスの融合活動を推進。「東大教養学部『考える力』の教室」「応援したくなる企業の時代」「ビジネスを蝕む思考停止ワード44」等著書多数。東京大学教養学部 特任教授。立教大学ビジネスデザイン研究科 客員教授兼任。


優れたCXに存在する2つの矢印

続いて回答した田中は、マーケティングに携わる者が生活者と向き合うためのポイントとして、優れたCXに内在する「モチベーション」と「フリクションレス」という2つの矢印の相関を紹介しました。

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モチベーションは生活者の心を動かし、ゴールに向かわせる矢印。フリクションレスはゴールに向かう道筋にある障壁を最小限に押し下げる矢印です。ここでのゴールはさまざまありますが、ありていにいえば、生活者が「製品やサービスを好きになる」「購入する」「会員になる」などの”行動”がそれにあたります。

モチベーションは、電通グループや博報堂のような広告出自の会社が得意とする領域で、TVCMをはじめとするマスコミュニケーションにより、ブランドに興味を持ってもらったり、ブランドの世界観を伝えたりすることを指します。一方、フリクションレスは、モチベートされた生活者が障壁なくゴールにたどり着けるように、タッチポイント、UI、手順などの障壁を最小限にしていくことです。今回のセッションのテーマであるDXもこれに含まれます。

これまでは、モチベーションがあってフリクションレスへの要望が起こるとされてきました。しかしコロナ禍を経てDXが進み、スマホ1台で完結する世界に生活者がなじみつつあることで、フリクションレスだからモチベーションが上がるというように矢印の順番が入れ替わる現象が見られる、と田中は解説します。

田中は、DXが常態化する中でのデジタルコミュニケーションに大事なのは「愛着」だといいます。「今も、私たちのスマホの中には、いろいろなアプリや機能が入っていますが、日常的に使われるものはごく一部です。生活者に選ばれるためには、無意識に日常に溶け込む仕組みによって、愛着を育むというアプローチが必要なのではないでしょうか」。

株式会社電通デジタル
執行役員
田中信哉
1998年株式会社電通入社。電通のクリエイティブディレクターとして、主な仕事に、LEXUSの広告プランニングおよび全体ブランディング、資生堂の複数のブランドでの広告プランニングや商品戦略立案がある。広告領域を超えてクライアントのインターナルマーケティングやCEOのブランディング、事業コンセプト立案なども手がける。株式会社電通の経営企画局、電通アイソバー株式会社取締役を経て、2021年より現任。電通と電通デジタルのクリエイティブ横断組織「CX Creative Studio」共同代表。


会話の文脈を読み解き、会話を始め、賛同してもらう

3番目に回答した橋本氏は、この約半年間での広告主との対話から、マーケティングで必要な変革のポイントを3つ挙げました。

1つ目は「会話の文脈を読み解く」です。Twitterのデータは、それ単体ではインサイトにはなり得ない場合が多い、と橋本氏は言います。「どのように切り取って読み解いていくのか。その文脈こそが、マーケティングのヒントになると感じています」

2つ目は「会話を始めてみる」です。「Twitterは、個人とブランドが一利用者としてフラットに参加できるのがおもしろいところ」という橋本氏は、ここでTwitterがPublicisと共同で実施した調査[2]を紹介。「ブランド主導の会話は、消費者主導の会話と同じ影響力を持つという結果が出ています。言及や反応を待つだけではなくて、ブランドがみずから会話を始めてみることも大事ではないでしょうか」と考察を加えました。

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3つ目は「発信するだけで終わらない」です。橋本氏は、「ブランドからの発信を単発的なものではなく、より継続させるには、ブランドと人々、社会をどのようにつないでいくのかを意識すると良いのではないかと切実に感じている」と言います。「先ほど宮澤さんからパーパスのお話がありました。パーパスを発信するだけでなく、会話してもらい、それについて賛同してもらうにはどうすればいいのか、そのヒントもTwitterで見つかります」

Twitter Japan株式会社
Head of Twitter Next Japan
Brand Strategy
橋本 昇平氏
あらゆる企業のマーケティングに最適なTwitter上のオーディエンスや会話を見つけ出し、コミュニケーション戦略を推進するチームを統括。2014年7月、Twitter Japan株式会社にブランドストラテジストとして入社。入社以前は、広告代理店にて国内外の広告主のマーケティング戦略立案業務に従事。


企業参加型のコミュニケーション事例「手抜き」「手間抜き」論争

3氏の回答を踏まえ、ここで高山氏から、「具体的なイメージを描くために事例を通じてディスカッションをさせていただきたい」と提案があり、Twitter上での話題の盛り上がりをうまく活用した企業参加型のコミュニケーション事例として、味の素冷凍食品の「手抜き・手間抜き」キャンペーンを橋本氏が紹介しました[3]

2020年夏、「冷凍餃子を食卓に出すのは手抜きだ」というツイート[4]に対し、味の素冷凍食品公式アカウントが、「冷凍餃子を使うことは『手抜き』ではなく『手“間”抜き』ですよ!」[5]と発信したところ、多くの反響があり、「冷凍食品は手抜き? 手間抜き?」論争が始まりました。

「このツイートのすごく興味深いところは、文脈をきちんと読み取りながら、発端となったツイートの翌日に『手間抜き』というキーワードを投入したこと。さらに、中の人の実直に生活に根ざした個性がきちんと見えることです。その結果、とても高いエンゲージメントを記録しました」(橋本氏)

ここで橋本氏はツイートボリュームのデータを提示。2020年6~9月までの間、「手抜き」「手間抜き」というキーワードのツイート数合計は63万6000に上り、8月5日と8月6日に2つの山ができていました。

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この盛り上がりを受け、味の素冷凍食品はテレビCMの放映を2021年4月16日にスタート。CMの認知と話題の最大化を狙い、放映前と放映後にTwitterを活用しました。橋本氏は、このキャンペーン事例の取り組みですばらしかったポイントを5つにまとめました。

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手抜き手間抜き論争が盛り上がった要因とは

「手抜き・手間抜き論争」がここまで盛り上がり、売り上げにもつながった要因を、宮澤氏は、「『冷凍食品は手抜き』というツイートが話題になったときに『手抜きではなく手“間”抜きです』と返した。ここが大事です」と指摘。最初から「手間抜きです」と言うのではなく、「手抜き」に対して「手間抜きですよ」と返したことで、一方通行ではない双方向のコミュニケーションが成立したという解釈を示しました。

「それに加えて、潜在的に思っていること、無意識に思っていることを、言い当ててもらったという気持ちよさが生活者側にあったのでは」と田中。「生活者に向き合って何かを伝えようという考え方ではなく、肩を組んで同じ方向を見ているような関係を作れたというのが大きい」とし、企業と生活者の良好な関係構築が重要であると強調しました。

橋本氏は「『手抜きではなく手間抜き』という言葉自体は、以前から冷凍食品業界で使われていて、もう何年も、業界や各社が打ち出してきたメッセージだった」と付け加え、「担当者の方が急に思いついたのではなく、パーパスのように、普段から自らの行動指針に染み付いていた背景があったので、瞬時に反応することができたのでは」という点に、興味深い学びを得られたと話しました。


広告やPRなどのコミュニケーションに展開するために大事なこと

続いて高山氏から、「企業からの広告やPRというコミュニケーションに展開するに際しては、どのようなことを大事にする必要があるでしょうか?」と質問が投げかけられました。

田中は、「生活者と同じ方向を向くということ。そして、必ずしも最初から話題化や売り上げを狙わないこと。結果は後からついてくる、それでいいと思えるかどうか」と要点を挙げ、これに宮澤氏も同意。「説得ではなく、寄り添い、共感、同意、納得。皆さんの意見を聞かせてくださいというファシリテーション型のコミュニケーションが求められているのでは」と見解を述べました。

橋本氏は、「ポジティブであることが大事」と企業が取り組む姿勢に言及し、「人々の背中を後押しできるようなポジティブな姿勢により、参加や賛同をしやすくなるのではないか」という見方を示しました。


価値共創をCXデザインへ拡張するには?

これに続いて高山氏が「生活者起点の価値共創を広告やPRだけではなく、CXデザイン全体に拡張していくには、どのように実現していけばいいでしょうか?」と質問しました。

田中は、「すべてのプロダクトはサービス化する」という流れがあることを踏まえ、デジタルの特性として、「デジタルは価値だけを売ることに長けている。移動だけを売るUberをはじめ、時間だけ、スキルだけ、目に見えないものを売ることに長けているという印象もある」と語り、そのような目線で考えていくと、「購入がゴールではないことを正しく理解し、カスタマジャーニーの中で、生活者が必要なものを必要に応じてプロダクトとサービスを融合していくこと自体が、CXデザインなのではないか」と指摘しました。

宮澤氏は、「CX、生活者体験を変革するには、バリューチェーンやビジネスプロセス、組織人材、ひいては事業全体を変革しないといけません。僕らはこれをブランド・トランスフォーメーションと呼んでいます」といい、以下の図を提示しました。

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「生活者体験を変革するには、組織・人材、パーパス、ビジネスプロセス、コミュニティ、コミュニケーション、商品・サービス、これら全部を変革しないといけません。生活者価値を中心に置き、事業全体を変革することが大事だと思っています」


生活者起点のマーケティングDXにおいて、データ活用基盤はどうあるべきか

最後に、「生活者と企業が生活者価値の共創を実現するために、データやデータの活用基盤はどのようにあるべきか」との問いが、高山氏から投げかけられました。

橋本氏は、「生活者価値を中心に置いたときにも、Twitterデータは人々の役に立ちユニークな存在意義を果たせる。このデータを他のデータと掛け合わせることにより、マーケティングトランスフォーメーションに貢献したい」との意気込みを示しました。

宮澤氏は、「今や生活者は常時オンラインに接続しています。企業が聞き上手になるためには、生活者のデータや情報を常に取得し続けることはマスト」と前置きをした上で、「部門ごとにそれぞれが使うデータというよりは、すべての部署がみんなで使えるような、企業の基盤となるデータをどれだけとれるかというところが、企業活動そのもの、マーケティングの成否を握る大きなポイントになるのではないか」と語りました。

田中は、「顧客体験、生活者の体験を立体的に捉えるためにはデータを使いこなすセンスが問われる」といい、その前提として、「生活者側の方が多く情報を持っていると考えた方が、正しく冷静に潮流を捉えられるのではないか」という見解を示しました。

高山氏は、インテージが提供している「CXマネジメント支援サービス」[6]を紹介した上で、「常に生活者と対話をしてデータに基づくマーケティングを実現できるような基盤とサービスを提供することで、日本のマーケティングDX推進を支援していきたい」と抱負を述べ、セッションを締めくくりました。

アーカイブ配信中

今、必要なマーケティング変革とは――顧客中心のDXによって社会や生活者とつながり続ける方法
10/24(月)10:00~11/7(月)9:00
https://www.intage.co.jp/forum2022/


脚注(出典)

1. ^ INTAGE FORUM 2022(外部サイト)
2. ^ Bovitz "Brand Conversation Research," commissioned by Twitter in partnership with Publicis, US/UK/IN/MX, 2022.
3. ^ "20~30代へのリーチで購買にも好影響!味の素冷凍食品に学ぶ、Twitter広告での話題化". Markezine.(2021年11月30日)2022年10月2日閲覧。
4. ^ ぽんこ_つー(@ponkots15493241).(2020年8月4日 午後8時7分). "夜ご飯しんどくて冷凍餃子にしたの。
長男が『ママ餃子美味しい!』って喜んでたの見て旦那がすかさず
『手抜きだよ。これは れ い と う っていうの』
この人ポテサラじいさん予備軍みたいなんで埋めるか打ち上げて良いですか".
https://twitter.com/ponkots15493241/status/1290605153993633793
5. ^ 味の素冷凍食品【公式】(@ff_ajinomoto).(2020年8月6日 午後10時2分). "冷凍餃子を使うことは「手抜き」ではなく「手“間”抜き」ですよ!
工場という“大きな台所”で、野菜を切って、お肉をこねて、皮に餡を包んで…という大変な「手間」をお母さんに代わってに丁寧に準備させていただいています。(続)".
https://twitter.com/ff_ajinomoto/status/1291359002018758656
6. ^ "CX(顧客体験)マネジメントに特化した総合支援サービスの提供を開始". インテージ.(2022年4月7日)2022年10月4日閲覧。

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