国内市場の成熟化や商品のコモディティ化などにより、「商品そのものの魅力や価値」だけでは競争優位性を築くことが困難になってきています。既存顧客との関係性構築をどのように進めていくべきか、東日本電信電話株式会社(以下、NTT東日本)の「ギガらくWi-Fi」の事例を交えながら、電通デジタル 岡本吉弘とNTT東日本 ビジネス開発本部 課長 太田亨氏が解説します。
※この記事は、2022年7月に開催されたウェビナーを採録し、再構成したものです。
顧客価値の変化に伴い「モノ消費」から「コト消費」へ
電通デジタル 岡本吉弘(以下、岡本) : 80年代末までは「モノ消費」の時代でした。性能や品質といった商品力を高めることが、他社との差別化につながりました。
しかし90年代半ば以降は、市場の成熟や商品のコモディティ化によって、購入の判断基準が商品自体の魅力や価値から、価格へと移ります。00年頃からはECの利用が徐々に増え、価格競争がさらに加速しました。
成熟社会は、体験に価値を見出す「コト消費」の時代です。メーカーもモノ+サービスによる体験価値の開発・向上にシフトしています。つまり、顧客価値の変化に伴ってサービスプロバイダーが台頭してきているということです。
市場創出の主役が「メーカー」から「顧客」へシフト
産業構造の変化に伴って、市場創出の主役がメーカーから顧客にシフトしてきました。
それまでメーカーは、市場全体に対して単一的な価値を訴求し、提供していました。また、販売やアフターフォローは販売代理店を通じて行い、顧客接点は断片的でした。
しかし最近は、顧客のWebサイト訪問データ、オンライン/オフラインの購買データ、サービス利用状況など、さまざまな情報を収集・分析できる環境が整いつつあります。その結果、顧客の状態を詳細に把握できるようになり、市場創出の主役がメーカーから顧客にシフトしています。
このような背景から、検討すべき課題は以下の3つに集約できます。
- 顧客(価値)をいかに理解するか
- 顧客ニーズに対応したサービスをいかに開発するか
- 顧客との接点維持に向けた仕組みをいかに構築するか
マーケティングはカスタマーサクセス志向へ変化
顧客との関係性構築における潮流として、「カスタマーサクセス」というキーワードを耳にするようになりました。
カスタマーサクセスとは、直訳すると「顧客の成功」という意味です。顧客の成功に向けて、企業が提供したソリューションの「より良い使い方」までフォローする活動のことを指しています。
その結果、顧客との信頼関係が築かれ、継続利用や契約更新、次回購入につながり、自社の事業も成長させていくことができるという考え方です。
図の左側のファネルが、これまでのマーケティング活動です。新規顧客創出や売り上げをいかに上げるかという観点で効率化が求められてきました。
カスタマーサクセス志向のマーケティングでは、それに加えて既存顧客との信頼関係をベースとしたロイヤルティ向上や継続利用という観点が重要になると考えています。
顧客の期待に応える体験を提供する
カスタマーサクセスの施策に大切な観点として、「マイナスから0」「0からプラス」があります。
例えば、顧客に不具合が起きてサポート窓口に連絡したいのに連絡先が分からないなどといった、顧客にとっての不満や面倒を取り除き、顧客のペインを解消することを「エフォートレス体験」といいます。これが、顧客のサービスに対する期待値を「マイナスから0」にするということです。
期待値を「0からプラス」にするのは、「感動体験」です。例えば、利用状況やVoC(Voice of customer:お客様の声)などを踏まえ、先回りした改善提案をしたり、業務の効率化に役立つ関連商品を紹介したりするなど、顧客の期待を超え、新たな発見や感動を提供することです。
顧客の意思決定や行動をデザインする
次に、行動経済学の「ナッジ」(望ましい選択や行動を自発的に促す仕組み)6原則を、カスタマーサクセスの観点から再定義し、プランニングに活用します。
ただし、ナッジを使うと、操られていると感じて拒否反応を示されることもありますので、その選択が顧客のために良いものなのか、しっかり考えることが重要です。
以上を踏まえて、実際にカスタマーサクセスはどのように進めればいいのでしょうか? NTT東日本が提供するオフィスや店舗向けの業務用Wi-Fiサービス「ギガらくWi-Fi」でカスタマーサクセスの仕組みを導入した事例について、導入を担当した太田さんに紹介していただきます。
NTT東日本における新しい事業の課題・方向性
NTT東日本 太田亨氏 : 以下の図は、NTT東日本の営業収益と営業利益の変化です[1]。棒グラフが営業収益ですが、創業時から20年、ひたすら減収傾向です。一方、折れ線グラフが営業利益で、こちらは2021年も含めると、10期連続の増益になっています。
売上減少の内訳は、音声伝送収入(棒グラフの青色の部分)、つまり電話です。携帯電話やスマートフォンにとって代わられてからずっと減っています。これを補っているのが光回線などのIP系の収入(棒グラフのオレンジ色の部分)です。これによって、今は下げ止まっている時期と見ています。
このような状況で、わが社が何をしなければいけないか。これから光回線の導入数が非常に伸びるということはないでしょうから、別の色の事業を作るのが会社としてとるべき方向性です。そこで、お客様から寄せられる案件を分析しました。それが以下の図です。
従来は、「通信」の領域(左側)が圧倒的に多かったのですが、2020年くらいから「非通信」の領域でのお問い合わせも増えてきています。
その中で、私たちが新しい事業の方向と考えたのが、以下の図です。3つ挙げていますが、要は、通信サービス提供で培ったノウハウやマンパワーを、通信サービス以外の分野に向けていくべきではないかということです。
カスタマーサクセスで共感した概念
2020年7月、コロナ禍の影響で対面営業ができなくなりました。会社からは「デジタルマーケティングを強化する」という方針が打ち出され、完全初心者だった私がデジタルマーケティングの業務に従事することになりました。この時には、「セールスのフルデジタル化を実現できれば、新規事業のためのリソース創出という貢献ができるだろう」と考えていました。
まずは、デジタルマーケティングを勉強するところから始めました。その勉強の過程で、カスタマーサクセスという概念と出会いました。さまざまな書籍や動画サイトを活用して手法を理解しましたが、中でも高橋歩さんという方のブログは参考になりました[2]。その時に共感したカスタマーサクセスの概念が、以下のようなものです。
・顧客がその事業に成功して初めて自社の売り上げにつながる
お客様の事業が成功し、その売り上げをシェアしていただくことで、私たちの売り上げになります。通信サービスは昔から月額課金制なので、サービスを契約してもらって終わりではなく、そこから長く使っていただくことが大事です。考えてみれば、当然のことです。しかしながら、社内の営業系指標を見ると、新規契約の獲得に傾注していました。
・データは人間の足跡である
お客様に関するデータの背景を読み解き、その先に何をしたいのかを想像することで、プロアクティブな(先を見越した)対応が可能になるのではないでしょうか。足跡(データ)をよく見て、その人の生活や仕事のことを想像し、その先をデザインしていく。データの使い方とはこういうことなのだと、感銘を受けました。
「ギガらくWi-Fi」でカスタマーサクセスに取り組んだ理由
カスタマーサクセスという概念を社内に広げていきたいと思ったのですが、その時に気を付けなければいけないポイントが2つありました。
1. 小さな成功を積み重ねて賛同者を増やす
協力を得やすいチーム作りや、カスタマーサクセスにつながることが分かりやすいサービスから取り組むことが重要です。
2. 解約抑止だけでは予算はとれない
カスタマーサクセスの「マイナスから0」で不満を取り除き、解約抑止をするだけでは、なかなか予算をとれません。このため、新規売り上げにもつながるように設計することが大事と考えました。
上記の2つのポイントを満たすサービスとして、「ギガらくWi-Fi」を題材に設定しました[3]。
「ギガらくWi-Fi」は、企業向けの月額料金型Wi-Fiサービスです。通信ログから顧客の状況を理解できるので、カスタマーサクセスに取り組むことで、顧客の不満解消や、期待を超える提案で新規売り上げにつなげることができそうでした。
まずは自分で、先ほどご紹介した高橋歩さんの手法を参考にしてプランニングしてみました。
このプランニングをもとに、「カスタマーサクセスに取り組み、社内全体にこの概念を浸透させたい」と電通デジタル 岡本さんに相談し、カスタマーサクセスプロジェクトが始まりました。
電通デジタルから支援を受け、ワークプランを作成
以下は、電通デジタルからの提案書を抜粋したプロジェクトの目的です。
特に、以下のような点が非常に助かりました。
・顧客の成功が明確に定義されている
「顧客の成功とは事業成長である」と明記されています。私も頭では理解していたはずですが、いつしか「Wi-Fiを使い倒してもらう」がゴールになっていました。これが一番大きな気づきでした。
・顧客の状態を把握するための方法が明記されている
「顧客の状況の把握に必要なデータと取得/利用可否を明らかにする」とあります。最初は、どのデータが社内のどのシステムにあるのか、簡単に抽出できるのか、どの程度の頻度で抽出できるのかなど、分かっていない状態でした。しかし、それが分からないと、顧客の状態を把握できません。これは極めて重要なプロセスですが、ここまで実務ペースのことまでやってくれることがありがたかったです。
・アプローチの最適化が視野に入っている
「顧客の状態に応じた最適なアプローチを検討・実施する」とあります。そのためには、この手前で顧客接点がどこにあるのかを、網羅的に調査する必要があります。これが、後々の施策推進にかなり役立ちました。
以下は、目的を達成するためのワークプランです。
カスタマーサクセスで解約率が4割減、受注率が4倍に
「ギガらくWi-Fi」でカスタマーサクセスの取り組みを2年間実施した成果は、2つありました。解約率4割減とクロスセルの受注率4倍です。
その後、この取り組みは全社に展開し、データ活用型カスタマーサクセスワーキンググループとして、今後の方向性や具体的な取り組みを推進しているところです。
電通デジタルからは当初より「ゆくゆくは社員の皆様がご自身でプランニングできるように」という配慮をいただきました。NTT東日本の社員と週3回のショートミーティングや作業分担をしていただいたことも、カスタマーサクセスの概念の浸透に役立ちました。
プロジェクト立ち上げから施策の実施・評価まで、ワンストップで支援
岡本 : 電通デジタルでは、カスタマーサクセス志向マーケティングの実行に向けたコンサルティングを起点として、基盤構築・活用、施策の実施・評価までをワンストップで提供しています。
コンサルティングは、課題に合わせ、プロジェクトの立ち上げから戦略立案、場合によっては組織変革やサービス開発まで支援可能です。NTT東日本様に提供したコンサルティング領域は、以下の図の赤線で囲んだ部分でした。
カスタマーサクセスについて、「具体的に何から、どのように着手すればいいのか分からない」という漠然とした課題から、体験設計、施策プランニング、指標策定といった具体的な課題まで、お悩み事があればぜひお問い合わせください。
●脚注(出典)
1. ^ "企業情報について(決算発表について)". NTT東日本. 2022年8月25日閲覧。
2. ^ "高橋 歩 / カスタマーサクセス". note. 2022年8月25日閲覧。
3. ^ ギガらくWi-Fi. NTT東日本
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