2022.08.09

世界をアップデートするクリエイティビティ(後篇)――カンヌライオンズ2022 審査+現地視察レポート

パンデミックはあらゆる国のマーケティングのあり方に甚大なインパクトを与えました。また、コロナ禍の完全な収束を待たずして、新たな紛争が起き、今もなお継続しています。そんな困難な世相の最中、3年ぶりのIn Real Life開催となったカンヌライオンズ2022には、どのような傑出した事例が集まり、そして讃えられたのか。審査員のひとりとしてそのフェスティバルの実施に関わった立場の視点も交え、レポートします(前・中・後 計3篇)。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

エクスペリエンスクリエイティブ部門
エクスペリエンスデザイン第1事業部
エグゼクティブクリエイティブディレクター

谷口 昇司

寄り添うことから始めよう

スマートフォンやSNSを中心に、多くの人々が高機能かつアクセスしやすいツールを手にした結果、ものづくりとその発信手段の民主化とも言うべき不可逆の変革が起きました。

今や誰もが、企業と価値を共創するゲームチェンジャーのひとりとなり得る可能性を手に入れたのです。その心に寄り添い共鳴を得られれば、人々は頼もしい味方となり、大きな波が生まれるでしょう。

逆にその存在を軽率に利用しようとすれば、人々は即座に反発し、企業にとっての荒波が生まれるでしょう。当然ながら彼らは課金やタップで作動するガジェットではなく、心で行動する人間だからです。

【事例: APOLOGIZE THE RAINBOW | SKITTLES | Shortlisted in Social & Influencer Lions】

APOLOGIZE THE RAINBOW | SKITTLES[1]

SKITTLES Bring Back Lime Press Conference[2]

スキットルズキャンディが犯した9年前の重大な過ち、それは大人気だったライム味を終売し、グリーンアップル味に変えてしまったことでした。

それ以来、悲嘆と怒りに震えSNSで意見を表明した熱心なライム味の愛好者は約130,000人にものぼります。2021年、スキットルズは遂にその埋め合わせを実行しました[3]。失われたライム味のカムバックです。

さらにスキットルズは、ライム味のファンだった人々の全てに向けて謝罪の意を表明したのです。ただし型通りの謝罪ではなく、約130,000人に対して、SNSで、なんと全て個別の謝罪を!(謝罪のやりとりの全長はキリンの首より長い16フィート、全読するには約11時間かかる超ボリューム)

「意義ある "ごめんね" だった」「今日は最高の日!」「めっちゃ興奮した!」

かつてのビッグファンを再度味方につけたスキットルズの、まさにゲームチェンジングな事例です。

目新しいテクノロジーやSNS、またそれらに固有のクリシェやメソッドから思考を始めるのではなく、何よりも最初に人々の心理を洞察し、それにしっかりと寄り添うところから思いを始めることが、世界をより良い方向へアップデートするクリエイティブアイデアを生み出す、唯一にして最初のステップです。

心に寄り添うことは共鳴を呼ぶことにつながり、その共鳴はやがて価値共創の波へと変化していきます。テクノロジーやSNSは、思いを具現するための最適なツールとして、その時にこそ真価を発揮するはずです。

【事例: THE NIGHT IS YOUNG | HEINEKEN | Bronze Lion in Social & Influencer Lions】

THE NIGHT IS YOUNG | HEINEKEN[4]

Heineken | The Night is Young[5]

若者達にまたバーやビーチへ繰り出してハイネケンを手に楽しい夜を過ごして欲しい、だけれど彼らは外出自粛とワクチン接種の順番待ちに疲弊し、その間に反ワクチン思想も広まってしまいました。

そこでハイネケンは、政策上優先してワクチンを接種できたシニアの人々が "俺達の夜はこれからだぜ!" とハイネケンを手にハチャメチャに楽しむハイテンションなフィルムを、あえて戦略的に発信したのです。

一部の若者達が即座に反発し、ハイネケンへのボイコットをSNSで表明しましたが、ハイネケンはそれも事前に想定済。

その一連の炎上騒動が、ワクチン接種に対して無関心だった他の多くの若者達のモチベーションに引火し、若者達のワクチン接種が猛烈な勢いで加速した!のだそうです。

奪うもの達と闘うもの達

私が審査を担当した部門外からの事例も含め、個人的に心から感銘を受けた、私達が今まさに直面している困難な世相と向き合った勇敢なクリエイティブを3点紹介します。

【事例: BACKUP UKRAINE | POLYCAM X UNESCO | Grand Prix in Digital Craft Lions】

BACKUP UKRAINE | POLYCAM X UNESCO[6]

ウクライナで起きている紛争により、人命だけではなくその貴重な文化遺産も奪われようとしています。ウクライナの人々がその文化遺産をスマートフォンで3Dスキャンしそのデータをアップロードすることで「ウクライナをオンライン上に保全(Backup)」できるようにしたという画期的な事例です。

今まさに現実で進行中の爆撃の影響が及ばない場所はオンラインアーカイブであるという戦略は、リアルライフとバーチャルワールドの両者の価値を同時に認識させる、極めて傑出したものでした。

そして、このプロジェクトに共鳴し行動したゲームチェンジャーは、母国を想う全てのウクライナ人です。

また、会期中のセミナーに登壇したウクライナのクリエイティブ職の方々は、今彼らが祖国のために、どのようなクリエイティブアイデアで闘っているかを示していました。その勇敢な生き方と発揮されている卓越した才能に、会場からの拍手が止みませんでした。

ウクライナクリエイターのセミナー

【事例: THE LOST CLASS | CHANGE THE REF INC. | Gold Lion in Social & Influencer Lions】

THE LOST CLASS | CHANGE THE REF INC.[7]

Lost Class 1/3[8]

米国における10代の若者達の命が、銃による犯罪で奪われ続けている残酷な現実があります。

命を奪われなければ2021年に卒業できたはずの若者達3,044名分の空席の椅子が並べられた会場で、卒業式のリハーサルと信じ込み、その "前途を祝う" 祝辞を行った人物は、なんと全米ライフル協会の会長達でした。

この祝辞の一部始終は、それが行われている最中に猛スピードで編集され、それが終わるや否や全世界へ公開されたとのことです(祝辞を承諾した人物達に食い止められる前に公開を完了することがキーファクターだったため)。

誰の命も銃犯罪によって奪われることがない社会の実現のために、もう言葉を発することも、行動を起こすことも叶わない3,044名に代わって仕掛けられた、クリエイティビティを武器とする壮絶な闘いです。

【事例: THE WISH | PENNY | Grand Prix in Film Craft Lions】

THE WISH | PENNY[9]

Case | PENNY | The Wish[10]

コロナ禍によって多感で貴重な青春時代の数年間を奪われた若者達のために、この企業は5,000もの忘れがたい体験を用意しました。そのプロモーション告知のためのフィルムです。

あえてストレートに訴求すれば「奪われた青春を取り戻そう! 5,000の体験を君に!」となりそうですが、「あり得たはずの苦い青春」そのものを、その少年の母の視点から「願い」という形で繊細に描く演出で、私達が失ったこの数年間がいかにかけがえのない時間であったのかを逆説的に可視化するというものでした。

「あなたには勉強をサボって欲しかった、羽目を外して大失敗して欲しかった、彼女に振られて傷ついて欲しかった、それでも、あなたはそれらを経て、次の一歩を踏み出して欲しかった……」

子を想う母の痛切な独白。そして、母の独白の後に少年の歌唱で聴こえてくる曲はBon Joviの「It's my life」です。

「それが僕の人生なんだ、やるなら今しかないんだ、永遠に生きられるわけじゃないんだ……」

子を持つ人間のひとりとして、この母の独白と少年の噛みしめるような歌唱に共鳴し、胸が引き裂かれる思いでした。

全ての人々から等しく奪われた大切な数年間と丁寧に心の折り合いをつけるための、鎮魂歌のような事例でした(現地で私の隣に座っていた外国の方もボロボロと涙を流していました、人の心は世界共通ですね)。

意義ある存在であり続けるために

企業の活発な経済活動なくして豊かな社会は成立せず、またそれを支援するためにエージェンシーが存在します。

しかし、経済活動の発展はまた、安定した社会基盤や成熟した文化が礎にあってこそ実現するものです。

傑出したクリエイティビティが、その安定や成熟に貢献できることを証明する事例が今年も多数あったことは、エージェンシーの立場でも気持ちを奮い立たせてくれる事実です。

社会にとっての存在意義を企業が確立し、人々からの信頼を高めるための仕事に私達が取り組むことは、エージェンシーの社会的な存在意義を確立することにもまたなり得ます。

製品の流通はもとより、社会や文化の文脈を、そして人々の既成概念や心を動かし、世界のあり方をアップデートすることに、エージェンシーはそのクリエイティビティで貢献できるのです。

カンヌライオンズが世界最高峰のクリエイティビティフェスティバルであり続ける理由は、そのように傑出した事例やそれを実現した人々を、正しく公平な審査を通して選出したうえで讃え、クリエイティビティの可能性を世界へ向けて真摯に発信し続ける存在であるからだと再認識しました。

脚注(出典)

1. ^ "Apologize the Rainbow". The Work. 2022年7月25日閲覧。
2. ^ "SKITTLES Bring Back Lime Press Conference". SKITTLES Official YouTube Channel. 2022年7月25日閲覧。
3. ^ "Skittles apologizes to sour lime fans with Twitch press conference". Marketing Dive.(2022年3月24日)2022年7月13日閲覧。
4. ^ "The Night is Young". The Work. 2022年7月25日閲覧。
5. ^ "Heineken | The Night is Young". Heineken Official YouTube Channel. 2022年7月25日閲覧。
6. ^ "Backup Ukraine". The Work. 2022年7月25日閲覧。
7. ^ "The Lost Class". The Work. 2022年7月25日閲覧。
8. ^ "Lost Class 1/3". Change the Ref Official YouTube Channel. 2022年7月25日閲覧。
9. ^ "The Wish". The Work. 2022年7月25日閲覧。
10. ^ "Case | PENNY | The Wish". Serviceplan Group Official YouTube Channel.(2022年6月16日)2022年7月25日閲覧。

 

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