2021.04.28

世の中にあふれる「認知バイアス」を整理する 〜早稲田大学ビジネススクール ワークショップ〜

「CX Design Firm」である電通アイソバー(現 電通デジタル)では、優れたCX(顧客体験)を科学的に理解するべく、「CX Psychology Principles 日本と米国におけるCX 心理学の諸原理」と題した情報発信をしています。その中で取り上げた「認知バイアス」について、電通アイソバー(現 電通デジタル) CXストラテジー2部 プランニング ディレクター 杉山昱萱と、CXストラテジー本部付 バイスプレジデント ジェネッサ カーダーは、早稲田大学ビジネススクール(早稲田大学大学院経営管理研究科)の木村ゼミにてワークショップを開催する機会を得ました。本稿では、その内容とともに認知バイアスを活用した優れたCXの事例などについて紹介します。

電通デジタル グローバルビジネス部門 ソリューション事業部
シニアエグゼクティブストラテジープランニングディレクター

カーダー ジェネッサ

電通デジタルCXトランスフォーメーション部門 CX戦略プランニング第2事業部
ストラテジープランニングディレクター

杉山 昱萱

※所属・役職は記事公開当時のものです。

認知バイアスとは?

認知バイアスとは、脳が情報を処理し、理解するために無意識に思い込みや周囲の環境をもとに取捨選択をするという偏りや歪みを指します。これは、エクスペリエンスや企業やブランドの意味、つながりを定義する際や、文脈や状況をもとに意思決定をする際にもしばしば見受けられます。また、将来の決定に備えて記憶を形成する役割もあります。

ワークショップの冒頭、杉山は、電通アイソバー(現 電通デジタル)として認知バイアスを4つのカテゴリーに区分けした内容を紹介しました。

  1. 記憶に残るエクスペリエンスの創造
  2. 情報過多の軽減
  3. 意義のあるエクスペリエンスを創造するために
  4. 迅速な意思決定を支援

ここからは、4つのカテゴリーごとに特徴的な効果やどのような場面で用いられているか、解説していきます。

1. 「記憶に残るエクスペリエンスの創造」

記憶に残るエクスペリエンスの創造には、「自分のことを言っている!」と思い行動が促される「バーナム効果」を応用したパーソナライゼーションや、最も感情が動いた時と出来事が終わった時の記憶をもとに経験全体を判断する「ピーク・エンドの法則」を応用した独自性の創出などが挙げられます。

その中でも杉山は、お世話になったことに対して感謝の気持ちや恩義を感じる「ベン・フランクリン効果」を例に挙げ、「購入した商品やサービスにちょっとしたプレゼントやおまけがあると嬉しく驚いたような気持ちになるだろう。生活者はそれを記憶してくれる可能性があり、それがリピートの可能性を高める場合が考えられる」と解説しました。

2. 情報過多の軽減

情報過多の時代と言われて久しい昨今、生活者が混乱しないようにゴールにエスコートすることは、あらゆる施策を成功させる上で心がけるべき事柄のひとつだと言えます。情報過多の軽減として用いられる認知バイアスとしては、コンテキストを創出して行動を促す「フレーミング効果/アンカリング効果」や、クスッと笑ってしまったり思わず膝を打つようなインパクトをきっかけに印象付けから行動を促す「ユーモア効果」などが考えられます。
この中で、杉山が挙げた最も用いられる効果が「権威バイアス効果」です。
「商品やサービスに専門家や信頼があるひとが推奨している、と書かれていると、その商品やサービスが特別なものに思え、信用することがあるはずだ。それが『権威バイアス』だと言える。ただ、そうしたものを『本当に信用していいのか?』と疑う人も一定数存在する。実際にマーケティング施策として落とし込む際は、ターゲットとインダストリーなど様々な角度から分析し、この効果を下敷きにした施策が有効か、検討している」としました。

3. 意義のあるエクスペリエンスを創造するために

意義のあるエクスペリエンスを創出する認知バイアスには、影響力を借りる「ハロー効果」や話題をつくる「内集団バイアス」、人格を与える「擬人化」などが挙げられます。
その中でも最も有効な手段として挙げられるのが、「イケア効果」だと杉山。これは生活者が自らの手で商品やサービスを完成形にすることで「私が愛情を込めて作った」という達成感や充足感を覚え、ブランドや商品とのつながりを強めることだと言えます。
これについて杉山は、「例えば、すでに調合は終わっているシーズニングを自分が茹でたり切った野菜に和えて出来上がる調味料や、卵と水とキットを混ぜて焼けば出来上がるケーキなどは、イケア効果を狙った施策だと言える」と述べました。

4. 迅速な意思決定を支援

迅速な意思決定を支援する上で用いられる認知バイアスには、期間限定や数量限定など“今しかできない”という気持ちを駆り立てられる「希少性バイアス」や、選択を迷った時にあえて選ばれない案を出すことで決定を促す「おとり効果」、「遠い将来なら待てるが、近い将来ならば待てない(テンプル大 ジョージ・エインズリー教授)」という双曲割引できっかけをつくる、といった手法が挙げられます。
その中でも杉山は、公共交通機関を利用する際のルート検索サービスを例に、「到着するまでの早さ、料金の安さ、乗換等の楽さというように個人が優先したいニーズに沿ったルートを選べるようになっていると思うが、ああした工夫は利用者の損失を回避し、行動の障壁となるものをなくすことで迅速な意思決定を支援している」と、解説しました。


認知バイアスを活用したisobarグループ内の事例

上述に加え、杉山は、「電通アイソバー(現 電通デジタル)は、電通グループのグローバルネットワーク・ブランドの1つであるIsobarの一員であるが、Isobarでも『認知バイアス』の考え方を反映さえた施策がいくつも展開されている」とし、次の2つの例を紹介しました。

事例1:フォルクスワーゲンがオランダで展開したスマホアプリ

近年、子どもたちも「スマホ中毒になっているのではないか?」との危機感が高まっています。フォルクスワーゲンは、ドライブに行っても車の外に広がる景色を見ずにずっとスマホをいじってばかり…という子ども達にドライブの楽しみ方を伝えようと、特別なアプリを開発しました。
このアプリは、ドライブ中に走行している場所に合わせて様々なストーリーが語られる、というものです。そのストーリーを聞きながら子どもたちは窓の外に目線を移すよう促され、結果的にドライブを楽しむようになる、というわけです。

この施策について杉山は、「バーナム効果が活用されており、個々人がカスタマイズされた経験を楽しめるようになっている。デジタルの世界ではこのようなカスタマイズが高度に利用されるようになっている」と、補足しました。

事例2:KFCチャイナの「雨の日限定メニュー」

一般的に飲食店は雨の日には客足が遠のく、とされています。これは中国国内でNo.1の支持を誇るケンタッキーフライドチキンでも同じこと。この雨の日の売り上げの落ち込みを改善させるために考えられたのが、人気歌手Jam Hsiao氏を起用したキャンペーンです。

彼は「コンサートを開催すれば必ず雨が降る」と言われるほど、雨のイメージが強く、だからこそ「雨の日はケンタッキーにしよう」という言葉や「もし雨の日メニューが食べたいなら、私がコンサートをすればいい」という言葉が印象深いものになります。

「実際には雨の日より晴れの日が多いので、希少性バイアスが働き、『せっかく雨なのだからケンタッキーの限定メニューを食べよう!』という意識になると考えられる。こうした希少性バイアスを活用した施策は日本にも多く、季節限定と見ると買わずにはいられなくなるというひとは少なくない」と、杉山は解説しました。


生活の中で認知バイアスを感じる機会は多々ある

ワークショップの終盤、参加者からは次のような感想が聞かれました。

「知らないうちに認知バイアスによって行動を促されていたのかもしれない。なかには『ひっかかった』と思うようなものもあるのだろうが、施策の中には『なるほど!』と感じるものも多い」

「人間の性として認知バイアスに行動が促されることはあるのだろうと改めて感じた。これからは『これは認知バイアスか、そうでないか?』ということも考えることになりそうだ」

「認知バイアスと、最近話題になった『行動経済学のナッジの理論』の関係性についても興味が湧いた」

ワークショップ終了後、ジェネッサは、ナッジの理論と認知バイアスの関係性について、次のように紹介しています。
「ナッジの理論を活用する際にも認知バイアスを考慮しておく必要がある。これについての興味深い話として、あるエネルギー会社の例*を紹介したい。
米国や英国では、過去10年の間に生活者の環境意識の高まりとともにエネルギー消費に対する意識が大きく変化した。それを受けて、一部のエネルギー会社は、コミュニティの電力消費に関するデータを集約してレポートを共有し、個々の消費者が自分の電力消費のパターンを他者と比較して見られるような取り組みを始めた。エネルギー会社はこの時、認知バイアスである『フレーミング』を利用し、顧客がエネルギーについて考え、話し合うように『後押し』したと言える。
このように、通常、顧客の行動を動かすのは認知バイアスであると言えるため、ナッジの理論を応用する際にも認知バイアスを考慮するべき場面があると言える」。

このほか、ワークショップの内容に対し、様々な感想や意見が出されました。そして、ゼミを主宰する木村達也教授は、次のように感想を語りました。

「認知バイアスとマーケティングをテーマにした今回のワークショップは、とても興味深いものだった。私たちは誰もが認知バイアスを抱えたまま、日常の中でさまざまな意思決定をしていることを分かりやすく示してもらった。
AIではない生身の人間である私たちから認知バイアスがなくなることはない。ノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンやリチャード・セイラーをはじめ、エイモス・トヴェルスキーやダン・アリエリーなどの優れた研究をベースにしながら、一般のビジネスマンも人間の行動や価値判断は必ずしも合理的というわけではないということ、そして、だからこそ具体的な『合理的な不合理』の存在を知ることが大切だ。
とりわけマーケティングは、人の意識や態度、行動の変容に関する仕事なので、認知バイアスについての考察はますます重要になってくるだろう。そんなことをゼミの学生やOBらとともに考えるひとつのきっかけとなった」。

これを受け、杉山も、「今日のワークショップの内容をきっかけに、私たちの生活には様々な認知バイアスが活用されていることがイメージできたと思う。日常の中で『これは認知バイアスだ』と感じる機会があれば、今日のワークショップで伝えた内容をまた思い出して欲しい」とし、約2時間のワークショップを締めくくりました。

早稲田大学商学学術院
大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授

木村 達也

専門はマーケティング、消費経済社会論。日本大学大学院助教授、英オックスフォード大学客員研究員、米コロンビア大学客員フェローなどを経て現職。早稲田大学博士(学術)。『マーケティング活動の進め方』(日経)、『インターネットマーケティング入門』(日経)、『インターナル・マーケティング』(中央経済社)、『実践CRM』(生産性出版)、『コトラーの戦略的マーケティング』(ダイヤモンド社)など著訳書多数。

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