顧客をファンに変える、AIエージェント時代のロイヤルティ戦略

【後編】Adobe Summit 2026、自律型AIが変えるCXの未来

「Adobe Summit2026。顧客をファンに変える、AIエージェント時代のロイヤルティ戦略」背景は登壇者である倉井 美歩の写真。

2026年4月、米国ラスベガスで開催されたAdobe Summit 2026。米国のみならず、世界中から1万4000人もの人々が集結した世界最大級のデジタル体験カンファレンスでは、生成AIの「次」として「エージェンティックAI(自律型AI)」という新たなパラダイムが提示されました。全2回にわたってお届けする本シリーズ、後編は、マーケティングオートメーションの進化とAIエージェント時代のロイヤルティ戦略について、現地に参加した電通デジタルのプランナーに話を聞きました。

MAは「設定」する時代から「指揮」する時代へ

――前回に続き、Adobe Summit 2026についてお聞きします。今回はMA(マーケティングオートメーション)の進化がテーマですが、全体としてどのような変化を感じましたか?

倉井:一言で言えば、マーケターがジャーニーを一つ一つ手動で「設定」する時代から、AIエージェントに意思を与えて「指揮」する時代へ転換したなと。これまでAIは人間が操作する「ツール」でしたが、これからは自律的に動く「チームメイト」になっていく。今回発表された「Adobe CX Enterprise」は、まさにその象徴と言えるものだったと思います。

――具体的には、どのようなツールがその変化を担うのでしょうか?

倉井:Adobe CX Enterpriseを構成するプラットフォームの一つに、「AJO(Adobe Journey Optimizer)」があります。これは顧客一人一人に対して、最適なタイミング・チャネル・メッセージでコミュニケーションを届けるためのジャーニー設計を担うツールです。これまではマーケターがルールやセグメントを設定し、条件分岐を手動で組み立てる必要がありました。しかし今回発表されたエージェント型AI「Journey Agent」の進化により、AIが顧客の行動データをリアルタイムで解析し、最適な配信を自律的に判断する仕組みが現実のものになりつつあります。

例えば、手描きのホワイトボード画像を読み込ませるだけでジャーニーの下書きを自動生成する機能や、「購入率を5%上げたい」とプロンプトに入力するだけで、AIが自律的にデータを分析して最適なジャーニー構成を提案する機能が備わる予定です。さらに、実際の顧客データをもとに仮想プロファイルを自動生成し、稼働前に高精度なシミュレーションを行うことも可能になります。

マーケターの役割は「施策を一つ一つ設定すること」から「どんなゴールを達成させるかをAIに指示し、その振る舞いを監督・承認すること」へと変わっていきます。AIが機械の速度で検知・設計・実行を担い、人間は戦略の指揮やガバナンスに専念するという、まさにオーケストラの指揮者のような役割へのシフトだと感じています。


AJO新機能とAJO Loyaltyが変える「ファン化」のメカニズム

――AJOの新機能について、注目ポイントを教えてください。

倉井:まず「Journey Agent」のさらなる進化が挙げられます。AIが顧客一人一人の行動パターンを学習し、最適な次のアクションを自動で判断する。リアルタイムで「今この瞬間」の顧客状態を把握し、パーソナライズされたコミュニケーションを即時に届けられるようになります。

パーソナライゼーションをさらに高める新機能として、「AI Journey Arbitration」と「Conversation Designer」も発表されました。

「AI Journey Arbitration」は、マーケティング施策の実施条件を複数同時に満たしている顧客に対して、AIが「どの体験やコミュニケーションを実施すれば、売上などのビジネス目標に最も貢献できるか」を自動で判断し、最適な顧客体験(ジャーニー)へと振り分ける機能です。

「Conversation Designer」は、SMSやメッセージングアプリを使った顧客との「双方向の会話」を視覚的に設計できる機能です。これまでMAといえば「メールを送る」「プッシュ通知を送る」といった一方通行の配信が主流でしたが、今夏よりキーワードへの自動応答機能から提供が始まり、将来的にはAIが自律的に会話を行うエージェント対応へと進化していく予定です。

AIが顧客データをもとにデータ分析をする図版
AI Journey Arbitration
双方向の対話ツリー構築の例を示す図版
Conversation Designer

さらに、外部ツールとの連携機能も続々とリリースされます。MCPサーバー連携により、ChatGPTやGeminiといった外部AIツールから直接AJOのデータにアクセスし、AJOを操作できるようになります。また「Composable Content」を使えば、外部CMSや天気・価格などのAPIから動的にコンテンツをノーコードで取り込み、メッセージに組み込むことも可能です。

個人的に今回最もインパクトがあったのが、今年8月に一般提供が予定されている新製品「AJO Loyalty」です。従来のロイヤルティプログラムは「静的なポイント管理」が中心でしたが、AJO LoyaltyはLoyalty AgentというAIが顧客一人一人の購買履歴や行動パターンをもとに最適な次のアクションを提案してくれます。例えば会員ランクアップが滞っている顧客を検知して、「彼らに対してこういう施策を打ってみましょう」と自律的に提案してくれ、AJOを使ってその施策を実行することができるようになるということです。ロイヤルティ施策に課題を感じているマーケターにとって、非常に注目すべき新製品だと思います。


グローバル事例に学ぶデータ統合の威力と、日本市場での活用

――Summitで紹介されていた事例で印象に残ったものはありますか?

倉井:ある大規模スポーツ団体の事例が非常に示唆的でした。その団体では約30のクラブチームがそれぞれ独自にファンデータを管理していたため、ファン一人一人に「点」の施策しか打てず、お客様に対して過剰なコミュニケーションをしてしまっていたそうです。そこでリーグとクラブに分散していたデータを一つの基盤に統合し、Web・モバイル・チケット販売・商品購入・ライブイベントなどあらゆる接点を横断したファンの統合ビューを構築し、AIや自動化ツールを活用したリアルタイムかつパーソナライズされたカスタマージャーニーを実現させました。

その成果として、ドラフト登録数が91%増加し、チケットのコンバージョンは215%向上、さらにオプトアウト(配信停止)も減少したそうです。「データがバラバラな状態では、最先端のAIも宝の持ち腐れになる」ということを、この事例は示していると思います。

※データはAdobe Summit 2026での発表によるもの

写真:倉井 美歩
倉井 美歩(エクスペリエンス&コマース第2部門 テクノロジーコンサルティング事業部 グループマネージャー)

――この事例を日本市場に置き換えると、どのような戦略が考えられますか?

倉井:この米国事例のように顧客データを一元管理した高度なコミュニケーションを日本市場で実現するうえで、カギを握るのがLINEの活用です。LINEとAJOを連携することで、新たな機会が生まれると考えています。先ほどの事例にあったチケット購入やグッズ販売などのデータを統合したように、日本ではLINEの行動データと購買データをAEP(Adobe Experience Platform)で統合し、AJOで一貫した顧客体験を設計することが有効です。

具体的には、先述した「Conversation Designer」の考え方をLINEに転用し、一方的な通知ではなく、LINE上での対話を通じて顧客のインサイト(ゼロパーティデータ)を収集してAJOへフィードバックさせることで、よりパーソナライズされた顧客体験を提供できるはずです。

また、AJO Loyaltyの受け皿としてのLINEを活用する手もあります。LINEは日本において多くの方が日常的に使っており、自分のランクや「あと○回で特典ゲット」といった進捗を、自然な流れで確認できる場所です。AJOのAIが判断した最適なメッセージをLINEで届けることで、さらなるエンゲージメント向上が見込めます。AI時代だからこそ、「LINEというチャネルをAJOの頭脳とどう連携させるか」という設計力が不可欠になるのではないかと。


AI時代に「プロの介在」が必要な理由と、今すぐ始めるべきこと

――エージェンティックAI時代に、エージェンシーの役割はどう再定義されますか?

倉井:私たちの役割は、AIをただ導入・活用するだけでなく、企業が得られる価値を最大化するために「プロとして介在すること」だと考えています。具体的には、以下の3つの領域でその役割を果たせると思います。

  1. データ・インテグレーション
    AIが正しく判断するための「質の高いデータ」の整備と、システム連携の構築です。AEPの設計をはじめ、社内に散在する顧客データ・行動データ・購買データを一元化し、AIが活用できる状態に整える技術力が求められます。
  2. ブランドの管理
    Adobe Brand Intelligenceを活用し、AIが量産するコンテンツがブランドを傷つけないよう管理することです。Summitでも強調されていたように、明文化されたガイドラインだけでなく、長年の実務で培われたブランドの「らしさ」「美意識」「判断パターン」といった暗黙知を構造化し、AIの行動基準として設定する専門性が必要です。
  3. コンテクスト(文脈)の設計
    UIが対話型へと移行し、AIに作業を「任せる」時代になればなるほど、「何を、どんな文脈で任せるか」というコンテクストの質がすべてを左右します。

AIに「何を達成させるか」という戦略を描き、複数のAIエージェントをオーケストレーション(指揮)する「司令塔」としての役割こそが、エージェンシーの本分です。電通デジタルには、この3つの領域それぞれに専門家が在籍しており、戦略・オーケストレーション・クリエイティブを横断した一貫した支援体制を構築しています。

――最後に、今この瞬間に企業が取り組むべきことを教えてください。

倉井:今年夏に予定されている新機能のリリースを待たなくても、今日から始められることはあります。

まず着手できるのが「データの棚卸しと統合設計」でしょうか。社内に散在する顧客データ・行動データ・購買データの現状を可視化し、統合のロードマップを策定することが第一歩です。

並行して、「ブランドガイドラインの再定義」を進めていくのも有効です。AIが判断基準として活用できるレベルまで、ブランドの暗黙知を形式知へと変換・構造化していくと良いかと思います。さらに、AIエージェントからも自社ブランドが正しく認識・引用されるようにする「ブランド・ビジビリティ」の最適化も、新しい時代のSEOとして今すぐ取り組むべき重要なステップです。

エージェンティックAI時代は既に始まっています。小さなパイロット施策から始め、ぜひ私たちと一緒にこの変革を進めていきましょう。


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PROFILE

プロフィール

倉井 美歩

エクスペリエンス&コマース第2部門 テクノロジーコンサルティング事業部 グループマネージャー

大手通信教育会社にて、Web解析(設定・実装作業含む)、WebサイトのABテストや最適化、CMS/MAの導入・運用などを主導。2018年より電通グループへ。複数プロジェクトでMAやCDPの導入および運用を担当。現在はデータ利活用支援コンサルタント、Webサイトアナリストとして従事。複数のグローバル案件経験あり。

倉井 美歩

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