義務ではなく、意志で進める。KDDI、第一三共ヘルスケアが語るウェブアクセシビリティのリアル

「義務ではなく、意志で進める。KDDI、第一三共ヘルスケアが語るウェブアクセシビリティのリアル」背景は記事参加者の集合写真。左から千葉、加藤氏、吉田氏、植木氏。左上にはKDDIと第一三共ヘルスケアの企業ロゴが掲載されている。

2024年の改正障害者差別解消法の施行を一つのきっかけに、ウェブアクセシビリティ向上に取り組む企業が増えました。施行前から取り組みを始めているKDDI株式会社と第一三共ヘルスケア株式会社に、アクセシビリティコンサルタントの植木 真氏(株式会社インフォアクシア)と電通デジタルの千葉 順子が、推進の始め方、社内浸透の壁、成果の可視化について伺いました。

関心が高まる今こそ問われる、取り組む「本当の理由」

千葉 順子(電通デジタル):今回、KDDIさんと第一三共ヘルスケアさんからお話を伺うことにしたのは、それぞれ異なる規模感でアクセシビリティに取り組んでいる好事例だと思ったからです。第一三共ヘルスケアさんは2024年4月のサイトリニューアルで我々と一緒に、関連部門を巻き込みながら組織横断的にアクセシビリティの取り組みを進めています。KDDIさんは、扱うウェブサイトとアプリ数が膨大な大規模企業として、その2社の取り組みのプロセスを聞くことは多くの担当者のお役に立つはずだと確信していました。

ウェブアクセシビリティは障害者差別解消法改正の前後で相談が一気に増えました。その後、最近では「取り組みを始めてみたけど、この進め方で正しいのか不安だ」「他社はどう運用しているのか知りたい」「先が見えなくて不安」という一歩進んだ悩みを持つ企業が増えています。植木さんは近年の変化をどう見ていらっしゃいますか?

植木 真氏(インフォアクシア):やはり障害者差別解消法の改正は大きかったです。ただ、これには両面あって、一つはウェブアクセシビリティが「義務化される」と勘違いして慌てた担当者さんが一定数いらっしゃった。ここ2年ほどのご相談でも、半分くらいはその誤解から動き始めた印象です。

きっかけは何であれ取り組むのはいいことですが、「諸刃の剣」のような危険性も感じています。「きっかけ」のためだけにやると長続きしない。逆に「義務化されるわけではない」と気づいた上で、企業としての意義を考え直せた企業は、おそらく続いていくのだろうなと思います。

写真:植木 真氏
植木 真氏(ウェブアクセシビリティプロジェクト監修/インフォアクシア代表)

推進の原動力は何か。2社の"スイッチ"が入った瞬間

千葉:KDDIさんが、アクセシビリティに取り組み始めた背景や理由を教えてください。

吉田 智絵子氏(KDDI):KDDIでは「KDDIグループ人権方針」の中で、「誰もが使いやすいサービス・商品の提供」を重要人権課題として掲げていました。その観点から、2023年にリスクチェック項目にウェブアクセシビリティが入りました。

当初は具体的な指標や、何をどこまでやるかが未定で、各サービスが独自に対応方法を検討する必要がありました。そこで、サステナビリティ推進部と私の所属するデザインセンターが共同で推進することになり、グループ全体でWCAG2.2 AAを目指す方針を決めました。

それ以前にも「スクリーンリーダーでアプリが使えない」といったお客様の声を受けて現場が個別に対応していましたが、足並みを揃えようとしたのが2023年頃。方針を外部に公表して本格化したのが2024年3月です。

写真:吉田 智絵子氏
吉田 智絵子氏(KDDI株式会社 パーソナル事業統括本部 マーケティング本部 デザインセンター所属/KDDIグループ ウェブアクセシビリティ推進事務局)

千葉:なるほど、「人権」という旗の下推進されたのは素晴らしいですね。また自部署だけだとなかなか進めづらいところもあると思うので、社内を巻き込んで進めることができたのは心強いですね。では第一三共ヘルスケアさんはいかがでしたか?

加藤 美輪子氏(第一三共ヘルスケア):きっかけは法改正です。2021年6月に障害者差別解消法が改正され、3年以内に施行されるということが分かり、これからのウェブガバナンスとして求められることが多くなると感じました。

現状サイトのアクセシビリティを診断してみたところ、課題が多くあることが分かり、対応の必要性を実感しました。

企業レピュテーションへの影響も検討した上で、リニューアルやガイドラインの整理を推進しようと舵を切ったのが2022年にかけてです。そこから電通デジタルにお声がけして、2024年4月のリニューアルにつながっていきました。

写真:加藤 美輪子氏
加藤 美輪子氏(第一三共ヘルスケア株式会社 広報部デジタルコミュニケーショングループ所属)

経営層から現場まで。組織を動かすための言葉と仕組み

千葉:社内でアクセシビリティを浸透させるための工夫や、ご苦労はいかがでしたか?

吉田:新たな取り組みということもあり、最初はかなり大変でした。そもそもサービスが多すぎて、社内にどれだけあるか探したら何百個も出てきたのです。ウェブサイト以外に、アプリも多く、開発の基盤もバラバラ。全部のサービスを一度に進めていくのは困難と判断し、段階的なアプローチを心がけました。サービスや対応項目を小分けにし、優先順位をつけて落とし込んでいく。

また、いきなり現場に対応を求めるのではなく、まず経営層に承認を取り、経営課題としてサービス担当部門の本部長やグループ会社の責任者クラスに向けた説明会を行いました。その後、サービスの実務担当者へ、そして全社員向けのeラーニングへと順々に浸透させていきました。2年かけてようやく「アクセシビリティ」という言葉が共通言語になったかなというところです。

サービス担当部門に対応を訴えかけていくうえで、事業上のリスクやメリットも理解してもらえるよう意識しています。各種説明会などで、利用者の高齢化による機会損失リスクや、AI時代においてのマシンリーダビリティの必要性などを繰り返し伝えています。

加藤:サイトリニューアル中は「基準を達成するぞ」という明確なモチベーションがあって困難は少なかったのですが、終わった後が難しい。「なぜ続けていくのか」という大義を考えずに続けていくと、アクセシビリティという手段が目的になってしまい、本質的な活動になりません。

なぜアクセシビリティに対応すべきか、という問いに対して立ち戻ったのが、「誰もが安心してセルフケア・セルフメディケーションに取り組める社会を実現する」という当社のミッションです。この当社の想いに立ち返ったとき、取り組むべきはデジタルにとどまらないのではないか、という気づきがありました。そこで、ユニバーサルデザインを担当するパッケージの部門やお客様の声を扱う部門と3部門で連携し、全社啓発を行いました。その中では、弱視の方の見え方を体験するほか、「障害のある方の困難さは皆さんにもいつか起こり得る」ということ、そして「あらゆる方に正しい情報を届けることが正しい製品使用につながり、当社に対する信頼や安心につながる」ということを伝えていきました。アクセシビリティやユニバーサルデザインを自分ゴト化していただくように心がけています。

千葉:ありがとうございます。両社とも方針やミッションと紐づけて推進することで、ウェブアクセシビリティというウェブだけに閉じた取り組みではなく、レイヤーを上げて意義を語ることで社内の理解を得ていったということがわかりました。では実際の推進時の体制やルールの面について、具体的にお聞かせいただけますか。

吉田:KDDIグループの体制は、サステナビリティ推進部とデザインセンターが事務局となり、その配下に各サービスの主管部門から成る「サービスワーキンググループ」を置いています。本体、グループ会社合わせて数百のサービスがあります。サステナビリティ推進部が人権観点での進捗の管理、デザインセンターは実装の推進やサポートという役割分担です。

加藤:第一三共ヘルスケアでは、広報部のデジタルコミュニケーションを担う部門が主管です。ただし、大事なことは主管部門がガイドラインを作り更新し続けることではなく、業務に携わるメンバーが理解できる環境を維持すること。サイトリニューアル前に作ったガイドラインをブランドサイト担当に渡しましたが、項目数が多すぎて守りきれないという声もあり、昨年度運用者目線で作り直しました。今年度以降に運用フローなどを検討していく予定です。また、それ以外にも「アラウンド・アクセシビリティ」として高齢者や外国人対応も含めた多層的な取り組みを広げていこうと考えています。

千葉:なるほど、KDDIさんは抱えるサイト数が多いので実装の推進や運用サポートといっても一筋縄ではいかなさそうですね。第一三共ヘルスケアさんはまさにいま模索中という感じでしょうか。では、外部の専門会社の支援についても教えてください。

吉田:社内に専門家がいなかったので、初期の体制作りやガイドラインの原稿作成は外部に相談しました。今はその準備段階が終わり、各サービスの実務担当者から来る高度なQ&A対応を外部エンジニアにサポートいただいている形です。いったんは自走の準備を整えたという感じですね。

KDDIの中期ロードマップ

加藤:私たちはサイトリニューアル時から電通デジタルに入っていただきました。特に大きかったのは、実際に視覚での情報収集に難しさを感じている方にユーザビリティテストを実施いただけたことです。チェックリストを埋めることは健常者でもできますが、それが本質的に当事者にとってどうなのか。当事者の「生の声」を聞く機会を得られたことで、社内の勉強会や全社的な啓発において非常に説得力のあるソースになりました。

第一三共ヘルスケアのウェブアクセシビリティに関する取り組み


自走、AI対応、JIS改正、推進の成果と、これからの課題

千葉:2社の取り組みを伺って印象に残った点としては、KDDIさんは、多数のサービス数と多様なレベル感の担当者がいる中で、少しずつでも形にして進めている。その苦労は想像を絶しますし、今後もぜひそのプロセスを多く発信していただきたい。我々も学びたいことがたくさんあります。

一方で、第一三共ヘルスケアさんは、当事者の声を聞く文化が根付いており、「ガイドラインの基準を満たすことがゴールではない」という本質を捉えて、他の企業に比べて一歩先を行っている印象です。アプローチは違いますが、どちらも本当に素晴らしい取り組みです。

写真:千葉 順子
千葉 順子(電通デジタル ウェブアクセシビリティプロジェクト リーダー)

植木:ウェブアクセシビリティに取り組む様々な企業サイトをサポートしていますが、今回2社のお話を伺って、改めて同じ企業サイトでも企業規模や対象とするサイトの数、制作や運営の体制、そして企業の文化や理念などによって、その取り組み方や苦悩、課題は実に様々だと改めて再認識できました。

例えば、米国ではウェブサイトにアクセシビリティの問題があると提訴されるという法的リスクがあるわけですが、そんな状況にあっても企業内でウェブアクセシビリティの取り組むために組織や人を動かすことに担当者の皆さんが苦労されていると聞きます。中には企業内で孤立したような状況に陥って、担当者がバーンアウト(燃え尽き)してしまうケースも少なくないようです。

日本ではそういった法的なプレッシャーもないわけで、企業としての取り組みを推進していくにあたってはなおさら苦労も多いはずです。そういう意味では、両社のような日本企業の取り組みは米国の企業にとっても良いケーススタディになり得ると思いました。

最後に、これまでの成果と今後の展望についてもお聞かせください。

吉田:成果としては、ユーザーから声を上げられる環境(問い合わせ導線)が全サービスで整い、新規サイト構築時にWCAGの要件を盛り込んでくれるケースが増えてきたことです。将来的には「事務局がいらない状態」が理想です。アクセシビリティ品質をチェックできる人を社内に増やしたい。また、これからはAIが情報を読み取る時代ですから、マシンリーダビリティの確保は事業的にも不可欠です。

加藤:私たちも現場の自走を目指しています。例えば「来訪者が自分のペースで情報を閲覧できるようにすべきなので、カルーセルの停止ボタンがないのはおかしい」と自然に気づける、そんな感度の高さを生み出す取り組みにしていきたい。吉田さんのおっしゃる通りAIの問題は大きいです。正しい情報を正しくAIに読ませるためにもアクセシビリティは必要です。本年度はJIS規格(JIS X 8341-3)の改正もありますから、メリハリをつけながら継続していきたいですね。

千葉:ありがとうございます。我々もウェブアクセシビリティの専門家として、やる気や熱意を持って始めた方々が途中で悩んで止まってしまわないよう、寄り添ってサポートするコンサルティングを続けていきたいと改めて思いました。全部できていなくても、ゼロより一がいい。その最初の一歩をサポートできる活動を、これからも続けていきます。

ありがとうございました。


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PROFILE

プロフィール

千葉 順子

エクスペリエンス&コマース第1部門 オウンドメディア第1事業部グループマネージャー

大規模サイトのリニューアルやコーポレートサイト・B2Bサイトの運用、LP制作などの実績多数。ウェブデザイナー、制作ディレクター、プロデューサーなどの経験を経て、現在はアクセシビリティコンサルタントとしてウェブアクセシビリティプロジェクトのプロジェクトリーダーを務める。

千葉 順子

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