社内の「検索疲れ」を独自開発のAIで解消――会話型ナレッジツール「ナレココ」開発の舞台裏
組織が拡大するほど、社内のナレッジは分散し、必要な情報を探すだけで膨大な時間が消費される――。電通デジタルのマーケティングコミュニケーション(MC)領域でも、この「検索疲れ」が課題となっていました。営業戦略部ナレッジマネジメントチームは、社内コミュニケーションツール上で会話形式により社内ナレッジへアクセスできるAIツール「ナレココ」を企画・開発。リリースから半年で利用者1000人を突破し、約20,000時間の業務効率化に貢献しています。本記事では、プロジェクトの背景・開発プロセス・成果・今後の展望について、プロジェクトメンバー4人に聞きました。
※本記事で紹介する「ナレココ」は、クライアントの機密データや個人情報を扱うものではありません。第三者への情報流出を防ぐ完全なクローズド環境(自社専用インフラ)で構築されており、参照するデータも一般公開されている媒体情報や標準化された汎用ノウハウに限定されています。
組織拡大がもたらした「検索疲れ」という構造課題
――まず、MC領域で顕在化していた課題の背景を教えてください。
安藤 かれん:MC領域では組織改編が繰り返され、この7年間で社員数・グループ数ともに約3倍に伸長しました。各部門の機能が専門化するにつれ、多種多様なナレッジが蓄積される一方で、情報量がとにかく多く、本当に必要なナレッジへの到達が困難になる――これが社員の「検索疲れ」を引き起こしていた原因です。
成宮 楓:現場から多く上がっていたのは「業務に必要な情報を探す作業に時間がかかっている」という声です。市場競争の激化と組織拡大に伴って必要な情報が複雑化し、従来の検索方法では欲しい情報にたどり着けない状態が常態化していました。時間の浪費だけでなく、ナレッジを生かしきれないことで、クライアントへの提案や伴走等の観点で価値提供を最大化しきれない機会損失が生じていたのです。MC領域1300人が参加する週次の勉強会で最新のナレッジをお互いに学び合う風土があるにもかかわらず、それを必要な時に必要な人に届ける仕組みが不十分だったことが本質的な課題でした。
企画からわずか2カ月でリリース
――「ナレココ」の構想はどのように生まれたのでしょうか?
安藤 かれん:私たちナレッジマネジメントチームは全員が兼務メンバーで構成されており、日々現場の業務に携わっているからこそ、「こういう仕組みがあったら便利なのに」というニーズを肌で実感していました。従来のキーワード検索では、ヒットするかどうかが「検索ワード」や「プロンプト」の個人の検索スキルに依存していました。適切なキーワードを思いつけない若手も含め、誰でも適切なナレッジに出会える仕組みを作りたい。よりスムーズなオンボーディングも見据え、業界経験年数を問わず、組織全体のナレッジを活用できる基盤構築を目指しました。
安藤 太一:MC領域には業界の最新情報や業務に役立つナレッジをお互いに学び合う勉強会の仕組みが根付いており、それが大きな強みでした。単にナレッジが属人的に存在していたのではなく、データとして活用しやすい形で大量に蓄積されていたのです。既にAI活用に適したデータ基盤があったことで、比較的スムーズに開発へ移行することができました。
――従来のキーワード検索ではなく「会話型」にした設計意図を教えてください。
安藤 太一:検索部分については、既存のRAG(検索拡張生成)アプリケーションで一般的に使われるような検索ロジックをそのまま利用するのではなく、社内用語や広告領域特有の専門用語に合わせて独自にフルスクラッチで開発しています。
業務の現場では略語や専門用語、文脈依存の表現が多く使われるため、一般的な検索ロジックだけでは意図した情報にたどり着きにくいケースがあります。そのため、利用者が多少あいまいな聞き方をしても、質問の意図をくみ取って適切な検索ができるように設計しました。これにより、利用者が検索ワードを細かく調整する負担を減らし、できるだけストレスなく必要な情報にアクセスできる体験を目指しています。
また、社員が日常的に使い慣れた社内コミュニケーションツール上で動作する点も重要な設計判断です。新しいツールを覚える必要がなく、普段の会話と同じ感覚で情報を引き出せることが、現場への定着を大きく後押ししました。
――情報セキュリティについてはどのような配慮がされていますか?
安藤 太一:「ナレココ」の開発において、プロジェクトチームが最も尽力したのは、クライアントが安心できるセキュリティガバナンスの構築でした。具体的には、参照するデータソースをあらかじめ安全な情報のみに限定すること、データごとに閲覧権限を制御するアクセスコントロールを実装すること、そして完全なクローズド環境で処理を行い社外への情報流出を構造的に防ぐこと――この3点を徹底しています。利便性とセキュリティのバランスを保ちながら、社内ナレッジを安全に活用できる基盤を実現しました。
――約2カ月という短期間で開発できた要因はどこにあると思いますか?
安藤 かれん:既にAI活用に適したデータ基盤があったことが一番大きいと思います。もう一つは、ナレッジマネジメントチームと技術チームとの連携体制です。私たちは企画側として「現場が本当に必要としている機能」を明確に定義し、技術側は「それを最短で実現する方法」に集中できました。現場起点で課題を深く理解するチームと、技術を持つチームが一緒になって動いたことで、短期間での開発・リリースを実現できたと考えています。
リリース半年で1000人が利用。現場に受け入れられた理由とは
――リリース後の社内の反応はいかがでしたか?
成宮:リリースからわずか2カ月で利用者600人を突破し、その後も利用が広がり半年で1000人に到達しました。年間約20,000時間の業務効率化に貢献する基盤として、現場から「もう手放せない」「いい相棒を見つけた」という声が多数寄せられています。
利用者数が急速に伸びた要因は3つあると分析しています。まず、日常的に使い慣れた社内コミュニケーションツール上で動作するため、新しいアプリを立ち上げる心理的・物理的ハードルがない点。次に、会話形式で自然に質問できるため、専門的な検索スキルがなくても使いやすい点。そして、各部門に配置された兼務メンバーがMC社員に直接使い方を伝え、利用を広げた点です。時短ツールやソリューションは便利でも浸透しないことが課題となるケースが多いですが、本当に現場に必要とされているものを、導入ハードルを最小限に抑えた形で提供できたことで、強制的な利用ではなく自ずと利用者が増えていきました。
安藤 かれん:ナレココの認知拡大において重要だったのは、キャッチーなネーミングとブランディングです。社内に同様の便利なツールがあふれている中で、社員にとって親しみやすい「相棒」のような存在にするべく差別化を図りたいと考えました。ぬいぐるみの制作もその一環で、物理的なキャラクターがオフィスにいることで、「このぬいぐるみ、なんだろう?」と社員同士の会話のきっかけが生まれ、ナレココの認知が自然と口コミで広がっていきました。
――実際には、どのような場面で活用されているのでしょうか?
成宮:例えば、若手社員が新規提案の準備を進める際、従来であれば複数の担当者に問い合わせたり、過去ナレッジを探し回ったりする必要がありましたが、ナレココによって短時間でアクセスができるようになりました。 また、これまでベテラン社員に集中しがちだった「施策を成功させるためのナレッジは?」「複雑なソリューションの最適な活用方法は?」といった問い合わせも、まずナレココに聞くという行動が定着しつつあります。実際の質問例としては、「認知施策に効果的なSNSの活用ナレッジを教えて」「媒体ごとの入稿規定を比較したい」といったものがあり、ナレッジ検索から実務的な確認まで幅広く活用されています。
業界経験が浅い社員でも、ナレココを活用することで業務の5~6合目まで自力で到達できるようになってきています。情報収集にかかる時間を短縮した分を、クライアントへのより発展した提案を考える時間に充てることで、提案内容の充実と先進的な取り組みの実現につなげていきたいと考えています。
全社共通ツールへの進化と組織を超えたナレッジ流通
――今後、ナレココをどのように進化させていきたいと考えていますか?
毛利 光太郎:ナレココの将来構想の軸は、MC領域にとどまらず全社共通ツールへの進化と、蓄積されたデータを基にした新たな価値創造にあります。 具体的には、同様の仕組みをクライアントへ提供することで対外的な価値創出も見据えつつ、大きく3つの方向性を考えています。
1つ目は、リソースの拡充です。現在ナレココが参照しているデータソースは、社員が日常的に活用している様々な社内ツールを検索対象として活用していますが、新しい社内ツールとの連携は勿論、世の中に公開されている最新情報とも接続する等、情報ソースの幅を広げていく構想があります。
2つ目は、現場ニーズの可視化と新たなアセット開発への活用です。ナレココに蓄積された検索ログを分析することで、「今、現場が何を求めているか」が定量的に見えてきます。この情報を基に、ニーズに沿った勉強会や各種アセットの開発へつなげ、ナレッジを作って育てて循環させていくエコシステムを実現していきたいと考えています。
3つ目は、全社への展開構想です。情報セキュリティの高いレベルを維持しながら、MC領域で実証された効果を他領域にも広げ、組織を超えたナレッジ流通を実現していきます。
――最後に、今回の取り組み全体を振り返って、読者へのメッセージをお願いします。
安藤 かれん:私たちは全員兼務で日々現場の業務に携わっているからこそ、「本当にあってよかった」と思える仕組みを作ることができたと考えています。技術だけでなく、現場の声を起点にすることが定着の鍵です。
成宮:ナレッジの属人化は、組織が大きくなるほど深刻化します。一方で、仕組みさえ整えれば、組織規模がそのまま「知の武器」になります。その転換を実現するのが、ナレココのような取り組みだと思います。
安藤 太一:技術面でお伝えしたいのは、完璧なシステムを目指すよりも、まず使ってもらえる形で素早くリリースし、フィードバックを得ながら改善を重ねることの重要性です。既にデータが蓄積されている組織であれば、思った以上に早く形にできる可能性があります。
毛利:「社内の情報量が多すぎて必要なナレッジにたどり着けない」「組織の細分化が進み、隣の部署の先進事例が共有されない」――こうした課題は、電通デジタルに限らず多くの企業に共通するものです。私たちはナレココを自社内で開発し、実際に運用してきました。その過程で蓄積された「AIが解釈しやすいデータの整理方法」「対話設計のチューニング」「利用規約やガイドラインの策定方法」といった実践的なノウハウは、社内ナレッジマネジメントの仕組みづくりに課題を感じている企業の皆様への内製化支援としてもご提供できると考えています。社員が本当に困っていることに対して情報を引き出しやすくする仕組みは、どの業界・業種にも共通する課題の解決策になり得ます。同じ課題を感じている方がいれば、クライアント環境で同様の仕組みの構築もご支援可能ですので、ぜひ一度我々にお声がけください。
関連サービス
データ・AI
生成AI活用の戦略設計から実装・定着まで。ビジネス課題に即したAIソリューションで、組織のナレッジ活用を含む幅広い業務変革を支援します。
PROFILE
プロフィール
毛利 光太郎
外資系コンサルティングファーム、事業会社のプロダクトオーナー、メディアのストラテジーを経て現職。データ活用したソリューション企画とコンサルティングを主に担当。
安藤 かれん
専業代理店、人材会社を経て2017年に電通デジタルへ参画。デジタルアカウントプランナーとして従事し、2022年よりミドルオフィスへ転身。現在は担当部門の組織マネジメントを担いながら、営業戦略部および人事計画部のマネージャーを兼務し、マーケティングコミュニケーション領域内で現場視点に基づいた経営企画・推進を幅広く担当。
成宮 楓
2022年、新卒で電通デジタルへ入社。運用コンサル業務を経て、現在はアカウントプランナーとして顧客の課題解決に取り組む。その傍らマーケティングコミュニケーション領域の営業戦略部に所属。社内に向けて電通デジタルの強みとなるソリューション開発プロジェクトに参画している。
安藤 太一
2024年に電通デジタルへ新卒入社。データサイエンティストとして広告領域における効果検証をはじめ、幅広い業界におけるデータ分析コンサルティングに従事。また、生成AIを活用したアプリケーションの企画・設計・開発を担う。
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