年間約5000万回の訪問がある東急リバブルのWebサイトには、ページ数の多さから「情報にたどり着きにくい」「ユーザー体験(UX)が最適化されていない」といった課題がありました。その解決策が、生成AIエージェント「Tellus Talk(テラストーク)」です。蓄積されたデータと独自のパーソナリティー設計を組み合わせ、同サイトは双方向の対話型メディアへと進化を遂げています。本記事では、開発の裏側と成果、そして成長を続けるAIの今後の展望を紐解きます。
情報と対話を融合した、新しい顧客体験へ
有益伸一(電通デジタル):東急リバブル様は、年間訪問数約5000万回を誇る大規模なWebサイトを運営されています。これまでにどのような顧客体験上の課題を感じていらっしゃったのでしょうか?
相澤力矢氏(東急リバブル):大きな課題は3つありました。
1つ目は、Webサイトに膨大な情報があるものの、お客様が自ら必要な情報を探し出さなければならず、目的の情報にたどり着くのが困難だったこと。2つ目は、月間約900万PVという規模にもかかわらず、利用者一人ひとりに最適な体験を提供できていなかったこと。3つ目は、不動産購入や売却相談など多様なニーズを持つお客様へのパーソナライゼーションが不足していたことです。
有益:そうした課題を踏まえ、パーソナライゼーションの重要性に着目され、AIエージェントを活用した顧客体験変革に取り組まれているのですね。
相澤:はい。従来のWebサイトは「情報を並べただけの一方通行なカタログ」に近いものでした。お客様によっては必要な情報に辿り着けず、外部サイトへ離脱してしまうケースも少なくありませんでした。結果として、幅広い層に向けた「平均的な提案」にとどまり、お客様ごとに効果が薄いケースも生まれていました。
そこで私たちは「AI接客を通じて、対話で課題を解決できるWebサイト」への転換を決意しました。現在は、サイト右下にAIチャットボットのアイコンを設置し、お客様のご要望にAIエージェント「Tellus Talk(テラストーク)」が応える仕組みを導入しています。
双方向の対話で潜在ニーズを可視化する“Tellus TalkのTo-Be”
有益:東急リバブル様の課題に対して、電通デジタルから生成AIエージェント「Tellus Talk(テラストーク)」の導入をご提案した際、どのように感じられましたか?
相澤:まさに私たちが求めていた解決策だと感じました。というのも、多様な動機を持つお客様に対して、初回訪問の段階からパーソナライズされたコミュニケーションを提供する必要性を強く意識していたからです。
不動産の売買や賃貸には、漠然とした不安や疑問がつきものです。難解な専門用語や、物件探しの途中で生じる小さな悩みをその都度フォローできれば、不安の解消につながりますし、AIとの対話を通じてお客様自身が言語化しきれていない潜在的ニーズにも気づいていただけます。こうしたきめ細かいサポートは、AIだからこそ実現できるものだと思いました。
有益:Tellus Talkが目指す「To Be(あるべき姿)」の顧客体験について、具体的にどのような姿を描かれていますか?
相澤:私たちが目指しているのは、「AI接客を通じて、双方向の対話で課題解決を支援するオウンドメディア」へ進化することです。
お客様はAIとの対話を通じて、いつでも気軽に「知りたいこと」「気づかなかったこと」「欲しい情報」を得られるようになります。一方、私たちはAIとの対話を通じてお客様のニーズを把握し、最適な提案を行えるようになります。この循環を生み出すことが重要だと考えています。
たとえば物件探しでは、優先順位の付け方はお客様ごとに異なります。また、探していく過程で新しい条件に気づき、当初の優先順位が変わることも珍しくありません。ただ、最終的に求めるのは「その人にとって最適な物件」であることに変わりはありません。
だからこそ、AIとの対話を通じて精度の高い情報を提供し、最適な選択をサポートしたい。結果として顧客満足を高め、納得感のあるお問い合わせへとつなげていきたいと考えています。
Tellus Talk上の対話イメージ
技術とデータで支えるTellus Talkの開発体制と「秘伝のたれ」
有益:Tellus Talkの技術面での特徴について、具体的な実装内容を教えていただけますか?
相澤:技術面の特徴は、「信頼できるデータ ×(ルールベース応答+生成AI応答)=最適解を最短ルートでお客様へ」と表していますが、最大のポイントは、応答がルールベースと生成AIのハイブリッドで構成されていることです。よくある質問にはルールベースで正確かつ迅速に対応し、それでは対応しきれない曖昧な問い合わせには生成AIが柔軟に応答します。これにより、幅広いニーズを高い精度でカバーできる仕組みになっています。
加えて、「信頼できるデータ」の存在も非常に重要です。ここには東急リバブルが長年にわたり蓄積してきた情報資産が該当します。これをAIに学習させることで、Tellus Talkの信頼性を高めるとともに、パーソナリティーとしての独自性を実現しています。
有益:まさにその情報資産が「秘伝のたれ」と言える部分ですね。具体的にはどのようなデータを活用されているのでしょうか?
相澤:社内には膨大な物件情報に加え、営業ノウハウ、有人チャットの応対ログ※、Q&A、不動産用語集、パンフレットなど、体系的に整理されたデータがあります。現時点で1500を超えるルールを構築し、2000以上の社内知見を洗い出して整理しました。こうした情報を総合的にAIに読み込ませています。これこそが他社には容易に模倣できない、私たちの競争優位性の源泉だと考えています。
有益:システム構成やUX設計で特にこだわられた点はありますか?
相澤:システム面では、日々更新される最新の物件情報をリアルタイムで反映できるよう、生成AI時代に最適化された新たなバックエンドシステムを構築・連携しました。
UX設計では、お客様に「使ってみたい」と思っていただける体験づくりにこだわりました。その一環として、サービスを象徴するAIキャラクター「Tellus(テラス)くん」を開発し、親しみやすさと利用意欲を高める工夫を取り入れました。
※:個人情報保護に十分配慮した上で活用
戦略的パーソナリティー設計で生まれた接客AI「Tellusくん」
有益:「Tellusくん」は、電通デジタル独自のメソッド「パーソナリティー設計」に基づいてキャラクターが造形されています。接客AIエージェントに「パーソナリティー設計」を組み込むことで、対話の質を大きく向上させているのですね。
西田祐(電通デジタル):対面の接客でも、店員の対応がブランド全体の印象を左右しますが、AIも同じです。だからこそ、パーソナリティーを戦略的に設計する必要があります。電通デジタルでは、以下の4ステップで設計を進めています。
- STEP1 キャラクター要件の整理
- STEP2 ソーシャルキューを用いたパーソナリティー方針の決定
- STEP3 パーソナリティーの精緻化
- STEP4 ガイドライン策定とシステムへの反映
特に独自性が出ているのがSTEP2です。私たちは独自に「ソーシャルキューメソッド」を開発しました。 人は社交的な合図(ソーシャルキュー)から相手の役割や意図、距離感を無意識に読み取ります。この考えをベースにフレームワークを構築し、パーソナリティーを整理していきます。これにより、感覚的に語られがちなキャラクター設計をロジカルに説明できるようになり、社内承認のスピードも大きく向上します。
有益:東急リバブル様の場合、どのような基準でパーソナリティーを決定されたのですか?
相澤:売却・購入の両方で相談できる存在を目指しつつ、ブランド戦略で掲げている「親身な」「真摯な」「プロフェッショナルな」「革新的な」というブランドの考え方をベースに検討しました。これらは営業姿勢やアウターブランディングの基軸でもあり、企業戦略、東急リバブルらしさ・ブランドの目指す方向性の根底にある思想です。接客AIも同じ価値観を持つ存在であるべきだと考え、「お客様に寄り添い、営業との懸け橋となる相談パートナー」という立ち位置で、東急リバブルの新しいメンバーとして設定しました。
有益:意図したパーソナリティーや対話体験を実現するため、表には出ないプロフィールや性格を細かく設定し、システム指令の使い分けも行っているそうですね。
西田:はい。接客AIエージェントは今後、さまざまなチャネルに『宿る』ようになり、生活のあらゆる場面に自然に溶け込んでいきます。すべての接点で一貫した体験を提供するためにも、AIのパーソナリティー設計はますます重要になります。導入を検討される企業様には、ぜひAIのパーソナリティーにも目を向けていただきたいと思います。
成果と今後の展望:成長するAIとビジネスインパクト
有益:今年3月27日にTellus Talkをリリースされてから成果はいかがでしょうか?
相澤:リリースから1カ月後の実績では、事前シミュレーション比で約185%のCV(お問い合わせ)件数を記録しました。その後も安定してCVに寄与しており、設置前と比べて明確にビジネスへの貢献を実感しています。
有益:対話ログの分析から得られたインサイトで、印象的なものはありましたか?
相澤:お客様は「この物件の詳細を教えて」といった指示語を使った表現で情報を求める傾向があり、物件の視覚情報やライフイベントに関する質問も多いことがわかりました。こうした傾向を踏まえ、プロンプトの改善を進めています。また、「査定だけお願いしたいが、すぐ売りに出さなくてもよい?」といった、人には聞きづらい質問にもAIが答えてくれることで安心感を与えられる点は大きな価値だと感じました。
有益:人に聞きにくいことをAIに相談できるのは、まさにAIならではの効用ですね。今後の役割については、どのような期待をお持ちですか?
相澤:お客様がぼんやり抱えている「お問合せ手前のモヤモヤ」を逐次解消できる存在になってほしいと考えています。今後は対話ログデータが蓄積されることで、顧客体験がさらに向上し、AIも成長していく好循環が生まれると期待しています。
有益:継続的に「育てるAI」に取り組まれているのですね。7月には新しい機能もリリースされたと伺いました。
相澤:はい。顧客起点での部門横断連携をさらに強化するため、生成AIで取得した情報をサービス品質向上に生かす取り組みを推し進めています。これにより、顧客ニーズに基づいたスムーズな営業活動を進化させたいと考えています。
有益:最後に、今回のプロジェクトを通じた学びや、今後AIを活用する企業へのメッセージをお願いします。
相澤:AIエージェントは効率化にとどまらず、生活者の未自覚なニーズを捉え、行動変容を促す新しい顧客体験を生み出すものだと実感しました。そのためには、テクノロジー導入だけでなく、長年の情報資産を「秘伝のたれ」として学習させること、さらにUI/UXデザインやキャラクター設計といったクリエイティブの視点も欠かせないと学びました。
有益:私から補足すると、AIは作って終わりではなく、顧客との対話を通じて「育てるAI」として進化させることが重要です。その継続的な成長こそが、持続的なビジネス競争優位性につながるのだと思います。
※対話ログの分析にあたっては、個人を特定できる情報を除外し、プライバシーに配慮した形で活用しています。
シリーズ記事「AI Hacked Marketing、その進化の最前線」
【第1回】電通デジタルが描く、マーケティングAIエージェントによる新時代の潮流
【第2回】マーケティング現場の未来形。進化するAIエージェント&プロダクト
【第4回】東急リバブルのAI接客「Tellus Talk」が刷新したオウンドサイト体験
マーケティングAIエージェントに関するお問い合わせはこちらから
お問合せ詳細欄に「AI Hacked Marketing事務局宛」と記載してください。
PROFILE
プロフィール
TAGS
タグ一覧
EVENT & SEMINAR
イベント&セミナー
ご案内
FOR MORE INFO