日清製粉の新工場を体験する対話式工場見学ツアーと非人型の対話AIの舞台裏
電通グループは、2025年5月、日清製粉の水島新工場竣工を記念して開催されたイベントを支援しました。その中で、電通デジタルと電通総研は共同開発した非人型の対話AIを披露。工場で使われている最新技術を来場者が体感できる「対話式工場見学ツアー」を実施しました。本記事では、その体験設計と開発を担った3人に、プロジェクトの舞台裏を伺いました。
最新鋭スマート工場のイメージを可視化する非人型の対話AI
――非人型の対話AIを開発した背景を教えてください。
電通デジタル・瀬戸:日清製粉が岡山県倉敷市に新設した水島工場は、これまで同社が培ってきた技術に加えて、IoT・AI・ロボット等を駆使した最新鋭のスマート工場です。5月の稼働開始に合わせて、同社の新たなコンセプトを発表する「未来展望フォーラム」が都内で開催されました。そのイベントで工場や製品・技術についての説明を、自然な会話と動画を用いて行うツアーガイドとして開発したのが、非人型の対話AIです。
――なぜ「非人型」の対話AIにしたのでしょうか?
電通デジタル・佐藤:水島工場では、工場全体の幅広い業務でAIを含む最新技術が活用されています。ただ、AIはプログラムであり、目に見える形はありません。そこで、特定のキャラクターが説明するのではなく、「工場のAI技術そのものが語りかける」というイメージを可視化し、来場者に先進性を体感していただくために、非人型の対話AIを採用しました。
――今回のプロジェクトにおける電通デジタルと電通総研の役割を教えてください。
瀬戸:非人型の対話AIを開発するにあたり、最適な環境としてAzureを選択しました。電通デジタルが工場見学の体験設計と生成AIを用いたチャットの開発を担当し、電通総研がAzure上で非人型の対話AIを動かすためのフロントエンドとバックエンド環境の構築を担当しました。
電通総研・水野氏:今回の非人型の対話AIの仕組みを簡単に説明すると、以下のような流れになります。
- 来場者がブラウザ上の非人型の対話AIに話しかける
- その内容をAzureの音声認識プログラムがテキストに変換する
- Azureから生成AIにテキストを渡す
- 生成AIが回答を作成する
- 生成AIからAzureに回答テキストが返ってくる
※特定キーワードが発話された際は動画再生指示も合わせてAzureに渡す - Azureでテキストを音声に変換する
- その内容をブラウザ上の非人型の対話AIが発声する
※動画再生指示があった場合は発声の後に確認の上で関連動画を再生
フロントエンド(ブラウザ)、バックエンド(Azure)、生成AIが有機的に連携して動いている形です。開発に関しては、電通デジタルが4の部分を、電通総研は4以外のすべての部分、すなわちAzure上のインフラ構築や、非人型の対話AIの見た目の表現、動画や会話に合わせて動かす仕組み、そして生成AIとバックエンドをつなぐ部分の実装を担当しました。
瀬戸:生成AIと喋るアバターを組み合わせたチャット体験を実装し、クライアントに提供したのは、電通デジタルとして今回が初の取り組みです。顧客体験設計と生成AIを用いた開発に強みを持つ電通デジタルと、Azure環境の構築に強い電通総研が連携したことで、実現することができました。
非人型の対話AI開発の難しさをどう克服したか
――今回の非人型の対話AI開発において、特に難しかった点や苦労したことは何でしょうか?
瀬戸:AI開発特有の難しさとして、従来のシステム開発のような工程で進めることが挙げられます。生成AIを用いることで自然言語による自由回答を実現することと引き換えに、それらしく聞こえる誤情報を出すこと(ハルシネーション)があります。それを防ぎつつ、的確な応答を即座に出すためには細かなチューニングが欠かせませんが、影響し合う様々な要因のバランスを見ながら、チューニングと検証を何度も繰り返すことでベストな形を探っていく必要があります。
また、検証においては自由対話の実現によりテストパターンが無限に存在するため、品質担保が難しいという課題もあります。今回は、事業知識を有したクライアント担当者によるモンキーテストを先に実施して回答の方向性を定め、その後にテストパターン洗い出しのルールの策定と実検証を行いました。これにより、一定の品質を担保することができました。
今回の取り組みを通じて、生成AIサービスを企業向けに提供する際に不可欠な「品質担保の方法論」をある程度型化することできたのは大きな成果だと思います。
水野:そもそも最初に電通デジタルから相談を受けた段階では、対話AIを前提とした構想でした。というのも、Azureのマネージドサービスは対話AIしかサポートしておらず、まずは非人型の対話AIをどう実現するかが最初の課題でした。
そこで採用したのが「Lottie(ロッティ)」というライブラリです。これはAirbnbが開発した画像アニメーションの仕組みで、動画の背景に重ね合わせて利用できます。いくつもの技術的なハードルがありましたが、結果的になんとか実装にこぎつけました。
もう一つの大きな課題は、ユーザーの発話と非人型の対話AIの動作制御でした。たとえば「ユーザーが話している最中はAIが音声を拾わないようにする」「会話が終われば正しく質問を投げる」といった制御が必要です。この会話制御と状態管理の仕組みは非常に複雑で、もっとも苦労した部分のひとつでした。さまざまな試行錯誤の結果、本番環境では安定して動作し、必要なケイパビリティを実現できました。
佐藤:体験設計の観点で言えば、もっとも難しかったのは「最終的な理想形」と「イベント時点の形」のバランスでした。この対話AIには、「Webでも使える」「現地の工場でも使える」といったさまざまな可能性があります。プロジェクトの序盤は「これをベースに将来どんな体験をつくれるか」という理想形を検討する議論を行なっていたのですが、ある時点からは「現実的にイベントでできることは何か」へと収束させていく必要がありました。
イベントにおいて重要だったのはあくまで、「新工場で使われている技術の先進性を、来場者に強く印象づけること」です。そのため、将来的なAIサービスとしての体験設計と、イベントという場で生み出すべき体験とを切り替えて考えることが、体験設計側にとって難しかった部分だと思います。
瀬戸:生成AIの登場以後、問い合わせ対応だけでなくVoCデータを資産として活用するための対話型AI導入や、その対話体験をより深化させるための対話AI活用の熱が非常に高まっていることを日々実感しています。今回得られた技術力や知見は、今後対話型AIの導入を検討する企業にとって強く響くはずです。
予想以上の好反応。理想の工場見学に向けた第一歩に
――当日の来場者の反応はいかがでしたか?
佐藤:反応としては良かったと思います。印象的だったのは懇親会での利用シーンです。来場者がマイクの前に立ち、実際に対話AIと会話できる体験コーナーを設けました。
会場には約400人が集まっており、両サイドに設置した大画面モニターで体験スペースを設けたところ、常に誰かしらが発話している状況が続きました。中には何度も試してくださる方もいて、想定以上に積極的に利用されていました。
また、発話している人の周りに自然と10人程度の人が集まり、やりとりを一緒に楽しむ状況も生まれました。これはクライアント担当者の「周囲の人も楽しめるようにしたい」という要望にも合致しており、結果的に非常に満足いただけました。
瀬戸:従来の工場見学では、ユーザーがボタンを押して好きな動画を再生する程度の「受け身」な体験だったと思います。今回の仕組みでは、対話AIとの自然な会話の中で気になったことに関連する動画が提示されたり、動画を途中で止めて質問したりすることができます。その結果、スムーズに知りたい情報へアクセスでき、より理解が深まる体験の実現につながりました。
全体の中では小さな一歩かもしれませんが、「理想の工場見学のかたち」に向けた第一歩を踏み出せたと考えています。
非人型の対話AIが実現する新たな顧客体験
――顧客体験の中で、対話AIを活用した仕組みが生きるのは、どのような業種やサービスでしょうか?
瀬戸:特にお引き合いをいただくことが多いのは、高単価商材を扱うBtoC領域です。たとえばクルマや住宅、金融商品の相談など、自分の資産や生活に直結する領域は、質問する側にとって心理的ハードルが高く、「こんなことを聞いたら恥ずかしい」「無知だと思われるのでは」と気になる人も多いでしょう。だからこそ、人間ではなくAIが相手の方がむしろ安心できるシーンが増えてきていると感じます。
佐藤:対話AIを用いた対話の1つに「人間ではないこと」があります。人間相手だと気を遣ってしまうことがありますが、AIであれば気を遣う必要がない。普段なら口にしづらいような相談ができるのは大きな特徴です。たとえば金融商品や自動車など高額商品の購入相談では、人間に相談すると「買わなきゃいけない」という雰囲気になりがちですが、AIであれば「また今度来ます」と気軽に離れられる。この距離感こそがAIならではのメリットだと思います。
水野:金融や不動産など高単価商材の相談では、会話の履歴を通じてパーソナライズをさらに進化させ、利用者に最適化された提案が可能になるでしょう。
今回、音声プログラミングに携わる中で、「人と生成AIの距離を縮められるのでは」と感じました。たとえば高齢者や、文字入力が得意でない人でも、対話AIに話しかけることで自然にAIとやりとりできる。音声対話を入り口にすることで、生成AIを使いこなすハードルが下がり、社会に広がっていく可能性を実感しました。
今はまだ始まったばかりですが、AIとの自然な対話が新しい顧客体験を支える未来が見えてきたと思います。
――今後、この仕組みをどのように展開していく予定ですか?
瀬戸:さまざまな業種の企業から、生成AIを活用したいというご要望を非常に多くいただいています。まずは顧客接点を新たに作りたいというニーズからスタートするケースが多いと思います。その上で体験を高度化していく段階では、電通総研と連携しながら対話AIを提供するとといった展開も考えられます。
単なる問い合わせ対応のチャットボットであれば生成AIを使わずにルールベースの回答だけができれば十分かもしれません。ですが、顧客と繋がる高度なコミュニケーションチャネルをAIで実現しようとしたときに、電通デジタルには顧客体験を専門とするチームがあり、さらにSalesforceなど基幹システムと連携できる強みがあります。こうした総合力を生かして、地に足のついた形でクライアントの要望に応えられる案件を増やしていきたいと思っています。
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PROFILE
プロフィール
瀬戸 未佑
大手通信系SIerにて基幹系システムの開発および営業活動に従事した後、2019年電通デジタル入社。データプラットフォーム構想などのコンサルティングから、MA導入/施策設計やアプリ開発といった具体化、そしてローンチ後の利用定着とグロースまで、幅広い領域における実践的な伴走支援に携わる。
佐藤 勇気
前職ではイベントプロモーション会社に勤務。営業・企画・ディレクション・Webまで幅広い業務を担当。現在はAIなど先端技術を活かし、顧客体験を軸としたプランニングを行う。キャラクター設計やサービス開発、ファンマーケティングなど多様な案件に携わりながら、「わかりやすいクリエイティブ」を大切にプランニングを行う。
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