なぜ“日本一”のAIエンジニアは、ヒトの「創造性」を信じるのか
「AIが、人間に代わってあらゆる労働をする」「AIが、未来を予測する」── 。
数年前、多くの人がAIに対し、大きな期待とともに恐れを抱いた。ただ今のところAIは、効果・効率の改善や、データをもとにした最適化といった使い方が主となっている。
電通デジタルには、そんなAIにリソースを割く組織がある。2017年、“データ/AIとクリエイティビティの融合”を掲げて設立された「アドバンストクリエイティブセンター(ACRC)」だ。同センターには、世界屈指のAIエンジニアが複数名所属する。
連載「CREATIVITY NEWAGE」最終回では、最適解を導くことが得意なAIと、人の心にアプローチできるクリエイティビティを掛け合わせ、どんなシナジーが生まれるのかを、ACRCの3人に聞いた。 (全4回)
『Newspicks』より転載
※所属・役職は記事公開当時のものです。
AIは“発射台”になる?
データ/AIとクリエイティビティの融合を目的に、2017年に設立された「アドバンストクリエイティブセンター(ACRC)」。同センターには現在、約110名のメンバーが所属する。
なぜ電通デジタルは、専門組織を立ち上げてまで、AIに注力するのか。その背景には、「マスとデジタルの二律背反性」があると、ACRCセンター長・和田純一氏は話す。
「マス広告といえば、人をワクワクさせたり、面白いなと思ったりしてもらうことで、企業のブランディングを担うものです。
対してデジタル広告といえば、データを活用してCTRやコンバージョンレートといった定量的な成果を取りにいくもの。
そしてデジタル広告は、今後『AI』の技術が中核を担うであろうことは間違いありません。
広告にはどちらも重要なので、この二律背反した強みをどう融合するかが重要になってくると考えています。
そんな流れから『AIとクリエイティビティの融合』がACRCのミッションとなっていきました」(和田氏)
加えて、AIとクリエイティビティは、それぞれ強みもあれば弱みも抱える。
たとえば、マス広告で重要なファクターとなるクリエイティビティは、実際にどれだけ成果が得られたかがつかみづらい。
対して、主にデジタル広告などで活用するAIは、好感形成がなかなか難しい。
水と油ではないが、これまで両者を効果的に融合するケースは、ほとんどなかった。
「でも、どちらかが正しいわけではなく、突き詰めればどちらも重要ですよね。
だからこそ、二律背反に見える両者を、意識的に融合していきましょうと。
実際にクライアントの間でも、今後は具体的な成果と、認知・好感の形成の両立が重要になるとの考え方が広がりつつあります」(和田氏)
とはいえ、「AIとクリエイティビティの融合」とは、具体的にどういうイメージを持っているのか。
「AIはデータをもとにして、その延長にあるものを導くのは得意です。ただ、予想の範疇を大幅に超えることはなかなかありません。
しかし、『クリエイティビティ』は予想を大きく超えるジャンプアップをさせられる力を持っている。
この強みを活かして、ジャンプする大まかな方向性を、データをもとにAIが定め、その方向性に向けてクリエイターが集中的にクリエイティブを投じる方法です。
わかりやすく伝えるなら、AIをロケットの“発射台”のように使う形ですね。
AIとクリエイティブが得意なことをそれぞれ活かせれば、効率的かつ創造性の高いアウトプットが実現できる。
すでに社内の広告制作などにおいては、AIが方向付けをして、その方向を定めてクリエイティブを発揮するスタイルを、弊社ではよく行っています」(和田氏)
いま、日本で“一番”有名なAIエンジニアがいる
そんな指針をもとに、ACRCが設立されて、約5年。
現時点で、AIとクリエイティビティの融合という難易度の高いミッションは、どの程度まで進んでいるのか。
実際に、そのミッションを高いレベルで実現しようとしている人材がACRCには所属している。それが、AIエンジニアである石川隆一氏と村田秀樹氏だ。
実は、二人は国際的なAIコンペティションである「Kaggle」の世界でよく知られた存在。なかでもトップクラスである「Kaggle Master」の称号も得ている人物なのだ。
Kaggle Masterとは、世界に約1600人、日本に約200人しかいない。村田氏にいたっては、世界に約260人、日本には約30人しかいないKaggle Grandmasterの称号を持つ。
そんな村田氏を石川氏は「おそらく、いま日本で一番有名なAIエンジニア」と評する。現在両氏とも、Kaggleの世界ランキングでは50位前後につけている。
「Kaggleで描く成長戦略 ~個人編・組織編~」(DeNA Co., Ltd. AIシステム部 原田慧氏)より引用し、一部改変。https://www.slideshare.net/HaradaKei/devsumi-2018summer
果たしてKaggleとは、どんなコンペなのか?
「企業や行政がホストとなって課題を提示し、そこに世界中から凄腕のAIエンジニアたちが集ってAI開発技術を競い合う。
そのプラットフォームが、Kaggleです。要は、AIエンジニア界の『天下一武道会』のようなものですね。
企業や行政が設定する課題は、たとえば『レントゲン画像から、特定のがんを予測する技術をつくる』といったものから、クレジットカードの不正ログの予測、仮想通貨の市場変動予測に至るまで多岐にわたります。
そして、年間を通して複数のコンペが並行して行われる。1つのコンペの開催期間は、3ヶ月ほどです」(石川氏)。
好成績を残したチームには賞金や賞、記念品などコンペごとにさまざまなリターンが与えられるほか、順位によって金・銀・銅メダルが授与される。
そして、累積メダル数でKaggle MasterやKaggle Grandmasterの称号が与えられるのだ。
Kaggleの成績上位者は、採用市場においても引く手あまたで、各企業が優秀なAIエンジニアを取り合う状態だという。
AIとクリエイティビティの融合を体現した「好事例」
そんな、日本屈指のAIエンジニアである石川氏が、電通デジタルで取り組んだプロジェクトの1つが「“名画になった”海 展」だ。
これは、2050年に海洋プラスチックゴミの量が魚の量を超えるという予測データに基づき、AIを用いて、2050年のゴミだらけの海をゴッホや葛飾北斎などの有名絵画のタッチで表現したもの。
「プラスチックゴミの量が魚の量を超える」といわれている2050年の海を、葛飾北斎が描いたらどうなるかをAIを用いて再現。
この取り組みは、アジア太平洋最大級の広告祭「Spikes Asia 2021」の2部門でグランプリを獲得した。
さらにもう1つ、同じように社会課題の解決を目的とした取り組みがある。それが「TEHAI」だ。
こちらは重要指名手配被疑者5名の“現在の姿”をAIで予測したもので、実際に全国の交番やWEBサイトなどで公開された。
「TEHAI」は電通デジタルとヤフー株式会社、PARTYによる共同プロジェクトで、2021年度グッドデザイン賞を受賞した。
警察庁指定の重要指名手配被疑者12名のうち5 名の現在の姿をAI によって予測。指名手配被疑者の存在を認知させ、情報提供に繋げることを目指した。
「どちらもAIとクリエイティブが有機的に掛け合わさることで実現したもの。
自分としても2つの取り組みを通し、AIとクリエイティビティによる新しい可能性を見出せた感があります」(石川氏)
石川氏と村田氏は、AIとクリエイティビティの融合による可能性を提示することに成功した。
しかし、“水と油”のようなAIとクリエイティビティを、なぜACRCでは融合できるのか。
「電通デジタルが、なぜできるのか。その最大の要因は『リスペクトと共有の文化』にあるのではないでしょうか。
もともと電通デジタルを含めた電通グループでは、あらゆる職種においてクリエイティビティの可能性を信じています。
その上で相手をきちんとリスペクトし、情報を共有し合う。そうした文化が、ACRCにも色濃く根付いていると感じます」(和田氏)
AIはクリエイターの「外付けハードディスク」となる
この先、AIとクリエイティビティの融合によって、どんな可能性が生まれるのか。和田氏は「創造性のさらなる拡張が実現できるはず」と、期待を込める。
「AIとクリエイティビティが融合すれば、単純な足し算が“掛け算”となり、クリエイターの創造性が大幅に拡張される。
それは『“名画になった”海 展』や『TEHAI』の事例を見ても、一目瞭然です。
だからこそ、さらに一歩進んで電通グループ内のアートディレクターやコピーライターなど、あらゆるクリエイターがAIを頼れる“相棒”として、外付けハードディスクのように活用する。
そんな世界を実現したいんです」(和田氏)
さらに、電通および電通デジタルでは、東京大学AIセンターと共同で「創造性の拡張と広告クリエイティブの効果最大化」の研究も進めている。
「そもそも創造性とは、一体何か。それを学術的に掘り下げ、解像度を上げることで、創造性を拡張するための新しいアプローチができるのではないかと考えています」(村田氏)
これらの視点は、従来のAI活用法とは真逆といえる。
現在デジタル空間を中心として、あらゆるシーンで個々のユーザーに最適化した“レコメンド”が表示されるようになった。
それは便利である反面、偶然の幸運な出会い=セレンディピティと、それによって価値観が広がる機会を奪っているとも捉えられる。
だからこそ電通デジタルは、AIによって最適化だけを進めるのではなく、セレンディピティを広げる方向にも力を注ぐ。
その先には、人を幸せにするクリエイティブがAIと共にもたらされる世界が、確かに見えている。
(制作:NewsPicks Brand Design 執筆:田嶋章博 撮影:依田純子 デザイン:月森恭助 編集:海達亮弥)
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