2018.08.27

ウェルビーイングを実現する企業改革とは

デジタルトランスフォーメーションセミナー:セッションレポート

電通デジタルが、経営者・リーダー層を対象に開催した「デジタルトランスフォーメーションセミナー」の内容を再録するレポート。第2回目は、「ウェルビーイングを実現する企業変革とは」をテーマとした対談セッションの内容をお伝えします。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

電通デジタル
デジタルトランスフォーメーション部門

八木 克全

電通デジタル
デジタルトランスフォーメーション部門
サービスデザイングループ

加形 拓也

早稲田大学文学学術院
表象メディア論系 准教授

ドミニク・チェン 氏

  • 早稲田大学文学学術院 表象メディア論系 准教授 ドミニク・チェン 氏
  • 株式会社電通デジタル 執行役員/デジタルトランスフォーメーション部門 部門長 八木 克全
  • モデレーター:株式会社電通デジタル サービスデザイングループ・コンサルティングディレクター 東京大学×電通デジタル 共創イノベーションラボ 主任研究員 加形 拓也

個人と企業と社会の良い関係をつくるウェルビーイング

加形 : デジタル化が進み、企業を取り巻く環境がめまぐるしく変化する中、「成長を志す企業はどのようなビジョンを持ち事業を推進していけば良いのか」をテーマに、このセッションでは考えていきたいと思います。そのヒントとなるであろう「ウェルビーイング」の概念について、教えていただけますか?

早稲田大学文学学術院 表象メディア論系 准教授 ドミニク・チェン氏(左)

チェン : かつて、ある国の国民やある地域の市民がどれだけいきいきと生きているかを測るには「幸福度」「人生充実度」などの尺度がありました。ただ、こうした単一の尺度は背景の要因を読み解くのが難しいのです。そこで2000年代に米国の心理学会で出てきたのがウェルビーイングで、複数の構成尺度から評価します。有名なのはマーティン・セリグマンが示した尺度で、「人間関係」「達成感」「ポジティブ感情」「人生の意味」「没頭」が構成要素となっています。ウェルビーイングをどうとらえるかは文化や地域によっても異なり複雑ですが、そこに科学的なメスを入れて定量化しようという研究が進みつつあります。

こうした研究が活発になったのは、テクノロジーの発展がウェルビーイングを低下させる事態が起き始めたためで、典型例は「フィルターバブル」と言われています。オンラインサービスでは行動履歴などに基づいて情報のレコメンドが行われますが、これにより人々の関心は閉鎖的になり、社会の多様性が失われ、非寛容や断絶が起きるという問題が生じ始めています。そこから、テクノロジーをウェルビーイングという切り口で根本的に設計し直そうという動きが出てきました。

加形 : 企業は、ではなぜウェルビーイングについて考える必要が生じてきたのでしょうか。ウェルビーイングと企業活動との関係について聞かせてください。

八木 : トヨタ自動車は2018年1月に米国ネバダ州ラスベガスで開催された「2018 International CES」で自動運転のインフラ「e-Palette構想」を発表しました。自動車産業の延長として乗り物を売るのではなく、移動自体をサービスとして提供しようという画期的な構想です。このように、企業が社会の課題を解決し、新たな価値を提供する社会基盤をつくろうという動きは活発化しています。自らは自動車を持たずに配車サービスを提供するUber、自らは部屋を持たずに民泊仲介サービスを提供するAirbnbなど、今はプラットフォームの時代で、個人と企業と社会が価値を共創している状況です。

株式会社電通デジタル 執行役員/デジタルトランスフォーメーション部門 部門長 八木 克全(手前)

典型例が配車サービスアプリ。タクシードライバーとユーザーが相互に評価し合う仕組みはタクシードライバーのマナー向上という社会的価値も生み、またユーザーやドライバー双方のウェルビーイングにもつながる。個人と企業と社会の間の良好な関係をつくる上でウェルビーイングがカギになりつつあると考えています。


顧客満足、従業員満足を高め、事業成長に結びつける

加形 : 企業が従業員やユーザーのウェルビーイングを高める仕組みをつくることが事業の拡大や成長に大きく影響する時代になってきたということですね。「ウェルビーイングであること」のとらえ方、測り方はどうあれば良いのでしょうか?

チェン : 「あなたは今、ウェルビーイングの状態か」というようなアンケートを使って調査する古典的手法があるほか、企業内で心理カウンセラーを通してメンバーの状態を把握しようとする動きもあります。面白いのは客観的データとして浮かび上がらせようという試み。これまでITサービスはユーザーの滞在時間(Time Spent)をKPIとして追ってきましたが、そこにユーザーのウェルビーイングは含まれていません。宿泊先を探すゲストとホストを結びつけるコミュニティーサービス「カウチサーフィン」は独自の「良い滞在時間」(Time Well Spent)という尺度を活用しています。現地でゲスト、ホストが共に過ごした時間から、入力フォームへの書き込み、メールの送信などウェブサイトの滞在時間を引いた時間を「良い時間」として指標化し、サービスの改善に役立てています。

日本型のウェルビーイングを探るため、「わたしのウェルビーイング3要素」を調査し、独自にデータを収集しています。1,000人を対象に調査を進めている途中ですが、性別、年齢、地域などによって全く異なり、十把一絡げでウェルビーイングを実現することは不可能だと思い知らされます。

加形 : では、そのウェルビーイングの発想を事業やマーケティングの推進にどう活かしていくべきなのでしょうか。ともすれば"きれいごと"と断じられかねないウェルビーイングの考え方を意味あるものにするにはどうすべきでしょうか。

八木 : 企業がサービスを提供し、ユーザーにそのサービスを受容してもらうというゴールを実現するには、やるべきことが3つあります。まずは、サービス戦略を立て、サービスを授受する、つまり、ユーザーと企業をのせるプラットフォームを構築します。そして、ユーザーに対しては顧客満足を実現し、ロイヤルティーを高めて収益向上につなげるマーケティングマネジメントを実施します。最後に、従業員に対しては従業員満足を実現し、生産性やスキルを向上してサービスクオリティーを高める循環をもたらす、ヒューマンリソースマネジメントやオペレーションマネジメントを実装します。この3つのサイクルを正しく早く回すのに、ユーザーと従業員のウェルビーイングの実現という要素を入れ込むことが大切だと考えています。

チェン: 気をつけるべきは数値指標にとらわれ過ぎないこと。配車サービスのような相互評価は上手に運用すれば良いシステムとして回る反面、監視社会的なシステムに陥る危険性もあります。評価の数値を上げることを目的に各人が行動するというのは、ウェルビーイングの本来的な発想からは離れてしまいます。機械的な作業に落とし込まないよう留意すべきだと思います。


評価のヒントをテクノロジーで可視化する取組みも

加形 : 事業やサービスを変革するには組織そのものを変革し、さらにいえば個人一人ひとりを変革していくことも必要となりますよね。ウェルビーイングの概念を取り込みながら、どんな組織づくりや人づくりを目指すべきなのでしょうか。

八木 : 従来の組織は企画・製造・販売・サービスというバリューチェーンの中でできあがっていました。しかし、今は、早く世の中に出して、ユーザーの声を活かしながら改変していくことが求められます。担うべき業務も、個人が使うスキルも変わっていきます。

「ティール組織」という本が話題になっていますが、参考になるのではないでしょうか。ヒエラルキーがほぼ存在せず、売り上げ目標や予算も上司からの指示もない中で、社員がモチベーション高く、主体的に動き、高い生産性を上げる組織を指す、いわば、ウェルビーイングな状態を維持する個人が活躍するティール組織は今後の企業が目指すべき理想型といえます。しかし、何百年にもわたってヒエラルキー型組織になじんできた我々が新しい形態の組織に変えるのは簡単ではありません。従来のヒエラルキー型組織のひとつのゴールである多様性、平等、文化を重視する組織の中から生まれた個人が、自己のウェルビーイングを実現する、例えば、社会に新しい価値を提供するために動く。そういう個人の存在自体が増え、主体的に縦横無尽に動くことで、徐々に組織が変わっていく。このような形での組織づくりや人づくりもあると考えています。

加形 : ウェルビーイングを切り口に組織を変える具体的な方法として参考にできるものはありますか?

チェン : IT(情報技術)サービスを使いつつ、組織内で従業員がウェルビーイングを高め合う方法を取り入れているのが事業創造会社のFringe81。従業員が別の従業員に感謝の気持ちを送ると、それがポイントとなって、組織内にプールしたボーナスから支払われる「ユニポス」という仕組みを導入しています。現場で働く従業員を評価することは簡単ではありませんが、そのヒントとなるものをテクノロジーで可視化した形です。大切なのはこのデータを使い、組織内で適切なコミュニケーションを取っていくこと。過剰な数値化はインフレを起こす危険性があるので、数字の論理に引きずり込まれないよう、運用やシステムデザインに留意が必要でもあります。

加形 : 企業にとってデジタルトランスフォーメーションへの取組みはいまや不可避ですが、ウェルビーイングがトランスフォーメーション実現に向けた重要キーワードであると実感しました。今後も、企業のみなさまの実践をご支援する中で、議論を継続していきたいです。

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