―ビジョンを顧客体験に落とし込む―
今、企業が考えるべきUXデザインとは

デジタルトランスフォーメーションセミナー:講演レポート①

株式会社電通デジタル
デジタルトランスフォーメーション部門 ビジネス/UXデザイン事業部 事業部長
小浪 宏信

デジタル技術が生活シーンに浸透する中、求められる顧客体験、ユーザー体験(UX)も変貌しつつある。対談セッションに続いて行われた講演では、デジタルトランスフォーメーション部門 ビジネス/UXデザイン事業部 事業部長の小浪宏信が、顧客に選ばれるサービスを実現するため、徹底して顧客視点に立ったUXデザインを実践する手法について、事例を交えながら紹介した。

企業目線のカスタマージャーニーでは共感を得られない

デジタルトランスフォーメーション(DX)の実現を目指す企業は、どのようなマーケティングマネジメントを遂行すべきか。小浪は「―ビジョンを顧客体験に落とし込む―今、企業が考えるべきUXデザインとは」と題した講演で、顧客体験、ユーザー体験(UX)の切り口から、マーケティングマネジメントのあり方を説明した。

昨今、「テクニカルな改善だけでは今あるマーケティング課題を解決できない」と悩む企業が増えている。「顧客とのコミュニケーションを高度化し、より深い関係を構築したい」と、体験全体を設計し直そうという動きが活発化しているのだ。

だが、小浪は「その際のアプローチには問題が潜んでいる」と指摘する。よくあるのは情報収集し、顧客像を整理し、顧客体験を設計し、具体策を検討するという流れだが、必要なデータを取り切れず、顧客理解が十分ではなかったり、企業目線でカスタマージャーニーやペルソナをつくってしまったりしがちなのだという。これでは机上の空論となり、顧客から共感が得られないサービスやコミュニケーションに終わってしまう。

小浪は「体験全体のリデザインには、徹底した顧客視点が重要」と強調する。その具体例として紹介したのが、GEヘルスケア社が提供する子ども用のMRI(磁気共鳴画像診断)装置。病院の検査で使うMRI装置は見た目もよくなく、10分間ほどの検査中、「ゴーッ」という騒音が続くことから、子どもの恐怖心をあおってしまう。怖くて泣き叫ぶ子もいるため、鎮静剤を注射して検査を受けさせることが多かった。

そこでGEヘルスケアは、徹底した顧客視点によって顧客体験をリデザイン。検査室の壁や機材に宇宙船、海賊船などのイラストを描き、検査室への誘導時には冒険を楽しむような演出をした。これにより、鎮静剤をほとんど使わずに、子どものMRI検査ができるようになったという。

「デザインスプリント」を導入したアプローチが効果的

徹底した顧客視点の体験デザインに必要なのは、共感できるほど顧客に寄り添い、観察し、調査すること。そして顧客が抱える潜在的な価値観を発見し、それに対して手を打つことだ。一発のアイデアでうまく形になるわけではないから、トライアンドエラーを繰り返すことを前提としたプロジェクトを立ち上げておくことも重要となる。

それには、「デザインスプリントを導入したアプローチが効果的」と小浪は説明する。デザインスプリントとは、米グーグル・ベンチャーズ(GV)が出資先のスタートアップに実践しているサービス開発手法。開発初期段階でアイデアの検証を繰り返し行うことで、成功確率を高められるのが特長だ。要件定義、設計・開発、テスト、リリースと順にステップを踏む従来型のウォーターフォール開発と異なり、後戻りがしやすい。

だが、こうした徹底した顧客視点アプローチの国内展開は容易ではない。その要因は3つだ。

第1が「サイロ化された組織の壁」。組織の壁が厚く、同じ目的で似たような取り組みが隣の部署で進行している、統合した体験設計の発想がない、といった問題が生じる。これを打ち破るには部署横断的な取組みが必要だ。

第2は「企業内での温度差」。取組みやアイデアの理解者、共感者を増やし、実際の投資までつなげていくには、プロジェクト開始時の経営層の理解が不可欠。また、アイデアを評価するプロセスを明確化することも求められる。

第3が「定着化の困難さ」。打ち上げ花火のようにプロジェクトは立ち上がるものの、恒常的な取組みにつながらなかったり、小さな規模でトライはできても全社的な取組みに拡大しなかったりすることが多々ある。一過性で終わらせない体制、仕組み、ルールの整備が必要だ。

こうした壁を乗り越えてUXをリデザインした事例として、電通デジタルが支援した「メディア企業の相談チャネルの体験設計プロジェクト」と、大手IT企業の「AIエージェントサービスのUX開発事例」を紹介した。

メディア企業のプロジェクトは、デザインリサーチに2カ月かけ、ユーザーの思い、姿勢、行動の理解・把握に努めた。クライアントとともに自宅訪問インタビューやアンケート、ソーシャルリスニング、行動観察などを実施してペルソナやカスタマージャーニーを作成。そこからアイデアを出し、チャネルを設計し、ストーリーを作成し、プロトタイプでテストを繰り返した。5カ月間に及ぶ活動の末、最も投資利益率(ROI)の高い、チャットボットを中心とする相談チャネル開発につなげた。

大手IT企業のプロジェクトでは、音声によるAIエージェントサービスのUX設計をデザインスプリントの手法で行った。過去に提供したことのない音声サービスの開発において、ユーザーが心地良いと感じるコミュニケーションをどう実現するか。「仮説・アイデア出し」「プロトタイピング」「ユーザーテスト」を短期に複数回実施。2カ月間という短期間で、被験者も「面白い」「利用したい」と評価するサービスを開発した。

生活者を取り巻く環境が大きく変化し、求められる体験も変容している。「顧客やユーザーに喜ばれるサービスにするためには、顧客視点と企業側のビジョンのクロスポイントを、顧客体験に落とし込んで実現することが大切である」として、講演を締めくくった。

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